第22話 業務を忘れるほどの

 仕事を終えてギルドに戻ると、受付に20人ほどの人だかりができていた。

 飲食をしながらも集まる冒険者たちへ視線を向けながら小さく話し合う客の様子から、相当の面倒事が発生したことくらいは俺にも理解できるが、まさかそれが厄介事どころではない事態になりつつあるとは、さすがに考えもしないことだった。


 そう思える穏やかな日常を過ごしてきたし、現に襲い掛かってきたのは狂暴ウサギだけだから、魔物らしい魔物とも遭遇していない俺がその考えに至らなかったのも仕方のないことかもしれない。


「――ですので、皆様もお気を付けください」

「気をつけろったって、森に行けないんじゃ稼げねぇよ」

「それに関しては王都へ緊急案件として連絡済みです。

 もちろんこの一件で当ギルドが皆様の活動を強制することはできませんので、どうぞご自身の判断で行動していただいてかまいません」

「……ってもなぁ……。

 "ティーケリ"が近くまで来たんじゃ、入れねぇぞ……」

「……おい、どうするよ?」

「どうするったって、しばらくは休業するしかねーだろ……」

「王都の騎士団連中に任せて、俺らは酒飲んでようぜ」

「それしかねぇか……」


 ぼやくように話しながら、冒険者たちはギルドを去った。

 見た目と立ち振る舞い、放たれる気配からある程度の経験者と思えるが、その中には熟練者と思われる者はひとりもないようだ。


 だとすれば、少々話は変わる。

 ここはある意味特殊な町だと思っているが、若手から経験者程度の実力者しかいないのなら、凶悪な魔物だけじゃなく盗賊相手にも手が出せないのは頷けた。


 王国騎士団頼みのところが強いんだろう。

 王都は1日と離れていないどころか、3時間ほど歩いただけで来られた。

 半日もあれば情報交換ができるはずだし、そういった意味では立地条件は悪くないはずだが、あの王と大臣じゃ難しいかもしれないな、と思えてしまった。


 こちらに気付いたユーリアさんは笑顔で迎えてくれたが、やはり気になることはしっかりと聞くべきだな。


「あ、ハルト様。

 おつかれさまです」

「盗賊団か?」

「いえ、そうではないんです。

 ……実は、ルースの森中部に厄介な魔物の痕跡が発見されまして。

 本来であれば、最奥の巣から出ないはずなのですが……」

「テリトリーを増やしたってことか?」

「痕跡を見つけた冒険者の情報によると、どうも何かを追いかけて来たのでは、とのことですね。

 魔物か冒険者が引き寄せてきたのかは現在のところ分かっていませんし、確認するには危険すぎますので、ギルドとしても下手に手が出せず困っているのですよ」


 確かにその通りだな。

 藪をつついてもロクなことにならない。

 中途半端に調べようとすれば、町の近くに移動させてしまう可能性もある。

 複数の盗賊より危険な魔物だと、ここに所属する冒険者では対処できないのか。


「このままですと、追いやられた盗賊がこちらに押し寄せる可能性も十分に考えられますので、しばらくは草原での活動もお気を付けください」


 気を付けるといっても、わらわらと盗賊が北側からやってくれば、その時点で問題の魔物を引き寄せていることになる。

 そうなれば俺も逃げるよりは戦ったほうがずっといいだろう。

 だが、どれだけ強いのかも分からない上に盗賊との混戦は、さすがに避けたい。


 警戒だけは怠らないようにするべきだな。


「ともかく、今日の薬草を提出するよ」

「あ!

 すみません!

 どうぞこちらに!」


 ユーリアさんが業務を忘れるほどの厄介事、か。

 これは俺も相当気を付けないと、目も当てられない大惨事に繋がりそうだ。


「今日も籠いっぱいの薬草をありがとうございます。

 本音を言えば、ハルト様おひとりではまだまだ足りないのですが……」


 彼女の言葉に疑問を持つ。

 本来採集依頼とは、必要不可欠なものを取ってくる仕事だ。

 言うなれば町民のための大切な仕事のはず。


 それなのに、昨日も今日も草原で採取していたのは俺だけだった。

 だだっ広い草原すべてを把握しているわけじゃないから、複数の冒険者がどこかにはいると思うんだが、丸2日間出会うことはなかった点を考慮するとあまりいい状況でもなさそうだ。


「かなり好待遇の仕事だと思うんだが、なぜ他の冒険者には人気がないんだ?

 採集依頼よりも魔物討伐報酬のほうが稼げるのは分かるつもりだが……」

「それは――」

「そんな小間使いは無能か、ガキのする仕事だからだよ、坊主」


 真後ろからあまり好感の持てない気配を感じていたが、また絡まれるかもしれないな。

 そう思いながら、俺は小さくため息をついた。

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