第25話 何ひとつないというのに
「――い、以上が報告に、なります」
驚愕しながら冒険者ギルドマスターのアウリスさんへ現状報告をするユーリアさんだが、今回の一件はこれまでと同じようには処理できないはずだ。
そもそもこの町の憲兵詰め所にある牢屋をまともな理由で使ったことがないと、憲兵隊長のアーロンさんは言っていた。
せいぜい酔っ払いを放り込んで酒を抜くための留置所程度の役目が非常に強い場所に"本物の悪党"を入れる羽目になるとは、さすがのふたりも想定していなかった事態のようだ。
町に着いた俺は、引きずっていた手土産をアーロンさんに渡して聴取を受けた。
終始、現在の彼女と同じ表情や声色で続いた取り調べを終え、続いて冒険者ギルドにも報告をしたのだが、この一件は衝撃的どころか行き過ぎた彼らの行動にアウリスさんもユーリアさんも一様に驚いた。
それもそうだろう。
連中から明確な殺意を向けられた俺自身が信じられない気持ちだからな。
そう簡単に受け入れられる事態とも思えなかった。
「……なんたることだ……」
小さく言葉にする彼の気持ちも分からなくはないが、実際に俺が咎められることはないだろう。
こちらは奇襲をかけられた上に警告してから行動に移した。
何よりも俺は抜剣しないで優しく対処したからな。
それでも剥き出しの殺意を込めて真剣を振るった連中の罪は重く、この町の憲兵がしてきた温情と受け取れる対応では到底赦されるはずもない。
かといって、檻に突っ込んでおけばいいという単純な話でもないんだが、これに関しては俺が首を突っ込んでいいことじゃない。
あとは憲兵隊と冒険者ギルドに任せる形になるだろうな。
時間をかけて熟考したアウリスさんから、前に進める言葉が聞けた。
「……現在の状況は?」
「は、はい。
現在は……全員気絶したままですので、目が覚め次第に個別で聴取を開始する、とのことです」
「……ふむ、そうか。
引き続き情報が入れば最優先で報告を。
この件は必要以上の発言を控えるように」
「かしこまりました」
「報告、ご苦労だった」
「はい。
失礼いたします」
こちらにも丁寧にお辞儀をして退室するユーリアさん。
そういった礼儀正しさを向けてくれることが素直に嬉しかった。
彼女は誠実じゃない者にまで礼節を尽くす人ではないからな。
「……さて。
驚愕の数々に言葉を失ったが、ともあれハルト殿が無事で何よりだった。
改めて当ギルド所属冒険者たちが起こした非礼を心から詫びたい。
正直なところ、ラウノ単独による強めの嫌がらせが関の山だと思っていたが、読みが完全に外れたこと、並びにハルト殿への悪辣な行動を抑えきれなかったことに対し、深く謝罪する」
深々と頭を下げて謝る姿は確かに長として正しいと思えるが、今回は俺にも原因がある。
もっと穏便に済ませることもできたかもしれないし、本来はそうあるべきだ。
ここは"異世界"だからな。
慎重に行動するべきだった。
「どうか、頭を上げてください」
「こうでもしなければ私の気が済まないのだ。
ギルドを統括する者としての監督不行き届きに申し訳が立たない」
アウリスさんの十分すぎる誠意に、俺は嬉しくなる。
一介の、それも異世界人にこれほど好待遇をしてもらえるとは、追放を命令された瞬間には考えもしなかったことだ。
しかし、彼は言葉を続けた。
それは俺も可能性を拭えなかった最悪の展開がなくなる瞬間だった。
「この一件でハルト殿が咎められることはないと断言させてもらう。
同時に、何か不都合があれば冒険者ギルドが後ろ盾になることも付け加える」
「……それは、なんというか……好待遇過ぎると思えるのですが……」
「あくまでもこの町に限ってのことではあるが、当然の権利だと私は考える。
……背後からの奇襲をした挙句、真剣で襲い掛かるなど言語道断も
彼らには厳罰に処すことになるが、時間だけはかかることを予め伝えておく」
「理解しているつもりです。
俺としては冒険者ライセンスの剥奪で十分かと思いますが」
それくらいで済んだと思える程度で収めてもらえればと思えた。
でもなければ、また新たな火種になりかねないだろうし、今度こそ確実に命を摘み取りに来るだろう。
より残忍で、確実な方法を使って。
だが、やはりこの件には口を出すべきじゃない。
それを理解できた言葉を彼から聞けた。
「そうもいかないのだ。
他の冒険者にも示しがつかないし、模倣を封じる抑止にもなる。
何よりも"重罪人"に情けをかければ今度は盗賊に身をやつして大群を引き連れ、ハルト殿に押し寄せると考えたほうがいいと私には思えてならない。
この件に関しては憲兵隊長と協議を重ね、町の長とも話し合いを繰り返して決めていくことになるだろう。
何か月か、数年か。
もしかしたらそれ以上かかるかもしれん案件だからな。
慎重に進めていくつもりだ」
確かにその通りだ。
今回の一件でいちばん必要なのは彼らの処遇よりも、恐らくは防止策を徹底することなんだろう。
これまで起きなかった凶悪事件を二度と繰り返さないために協議を重ねるのは当然だし、もしかしたら俺も殺されていた可能性だって十分に考えられる。
それこそ数百人単位で襲い掛かってくれば、どうなっていたかは分からない。
まぁ、ガキの俺が口を出す問題ではなかったな。
であれば、この一件で俺にできることはない。
「ありがとうございます。
心強い言葉に、心からの感謝を」
「……不思議な男だな、ハルト殿は。
我々に礼を言うことなど、何ひとつないというのに……」
そう言葉にしたアウリスさんの瞳は、どこか悲しみの色に染まっていた。
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