第26話 そんな程度の技量ではない
夕食時を過ぎた頃、扉をノックする音がアウリスの耳に入る。
彼は書類に目を通しながら、ぶっきらぼうにも聞こえる言葉で返した。
「入れ」
「失礼します」
扉を開けて入室したユーリアは、ある書類を両手で差し出しながら答えた。
「憲兵による聴取の経過報告書です」
「ご苦労」
受け取った彼は書類に目を通すも、そう時間をかけずして眉間にしわを寄せた。
個別に行われた聴取では、まるで口を揃えたかのように"ハルト側から一方的に襲われた"のだと発言していると書かれていた。
「……どいつもこいつも、己が保身に目を曇らせた痴れ者どもが。
4人の供述を合わせれば、事実を隠蔽して他人に罪を擦り付けているとすぐに判明するというのに、よもやこれほど頭のネジが飛んでいたとは思いもよらなんだ」
この程度の知能しか持たない馬鹿どもをこれまで長らく在籍させていた事実に、強い憤りとハルトへの申し訳なさを隠しきれないアウリスだった。
つまらない三文芝居が書かれた書類を机に放り、ハルトの報告を思い起こす。
本人を目の前に詳細を聞いた時はあまりの衝撃で思考が完全に停止したが、冷静さを取り戻した今だからこそ考えられた。
ラウノたちのチームが弱いと、ギルド側は判断しないだろう。
本人は"熟練冒険者"だと
彼らのランクはC。
そんな精鋭冒険者を4人も相手取って圧倒するハルトの強さに、彼は驚愕する。
それも剣を抜くことはなく、かすり傷ひとつを負うこともなく、彼は体術のみで殺意を向けた連中を実力でねじ伏せた。
それでも彼は、手加減をしたらしい。
つまるところ剣を使っていれば両断していた、ということだ。
彼の話からは体術よりも
ハルトは抜剣することの意味を十分に理解している。
たしかにあの程度の相手で剣を抜く必要がなかったのもあっただろうが、剣を向ければどういう行為になるのかを知っているからこそ、素手で相手にした。
これは、彼の優しさからくるものだ。
いくら悪党だろうが殺意を込めて武器を振るわれようが、それでも命を奪おうとせずに制圧してもらったのだとアウリスには思えた。
これだけでも並の冒険者を超える強さに到達しているのは疑う余地すらないが、彼はさらに飛んでくる矢を拳で払いのけたという。
殺意が込められた、凄まじい速度の矢を……。
そんなこと、並の人間にはできない。
確かに達人級の実力者であれば可能だろう。
だがそれは、金属製の手甲を身に着けた上での話だ。
彼の報告が正確であれば、何もつけずに
あの程度の男を相手に彼が負ける姿などアウリスには想像できなかった。
しかしそれは武芸を嗜む者の強さに限定してのことだと踏まえた上での判断だ。
ハルトの強さは、そんな程度の技量ではない。
ランクAどころか、それ以上の強者である可能性が極めて高い。
……いや、それすらも凌駕しているのではないだろうか。
少なくとも、"無能力者"を理由に王都を追放されるような者ではないことだけは確かだ。
驚嘆すべきは背後から遠距離奇襲を回避した点と、背中越しでも迫る脅威に気付いた点、瞬時に相手へ詰め寄る瞬発力と、刹那とも言える時間に後方の魔術師の間合いにまで迫るどころか背後へ回ることができた"圧倒的な身体能力の高さ"だ。
そんなことが可能だとは思えないような、にわかには信じがたい話だった。
しかし彼が嘘をつくような人物ではないのは、対面した彼自身が理解している。
何よりもハルトの性格から、虚偽の報告をすることなどありえない。
だが、それだけではない。
無力化した連中を町へ連れ帰ったと、彼の話は続いた。
憲兵からの報告書によれば、4人を両手に引きずりながら現れたとあった。
明らかに異常だと言えるほどの筋力と握力がなければ、そんなことは不可能だ。
これはもはや理解に苦しむとしか言いようのない凄まじい内容の報告だった。
ただただ思考の停止する一件に、どう判断すればいいのやらと彼は悩み続けた。
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