第27話 最善と思える選択を

 随分と時間をかけて言葉を選んだアウリスは、ユーリアに訊ねた。

 それは彼自身の中では"答え"が出ているものなのではないかと彼女は感じながらも、これまでずっと考えてきた想いを伝えた。


「……どう思う?」

「……ここにきて・・・・・彼らが暴挙に出たことは、ある種の節目に思えてなりません。

 ……やはり、ハルト様にはお伝えするべきかと」

「それは我らが消されようとも・・・・・・・、か?」

「……はい。

 私は、そう判断します」


 声を震わせながらも、はっきりと答えるユーリアだった。


 彼女の進言は人として正しい。

 礼節を尽くすことすらせずに何かを願おうなど、虫のいい話にもほどがある。


 しかし、事はそう単純ではない。

 それを知る彼はユーリアを諭すように話した。


「その気持ちも分からなくはないが、もう少しだけ先を見据えてほしい。

 我らがいなくなれば彼がどう思うのか、そして彼がどう行動するのかを」

「……それ、は……」


 言葉に詰まるユーリア。

 恐らくアウリスの言葉通りになるのを、彼女自身も分かっているのだろう。


「彼はとても優しい青年だ。

 それが望んでいないことだとしても、世界を救おうと躍起になるだろう。

 我々に何かあれば、ハルト殿を永遠に苦しめる可能性すら考えられる。

 そして本来自由であるべきはずの冒険者とかけ離れた行動をさせることになる。

 たとえ世界が救われようと、戦いを強要させることが正しいとは思えない」

「……差し出がましいことを申しました」

「いや、聞いたのは私だ。

 忌憚のない意見に感謝こそすれ、謝ることなど何ひとつない」

「……アウリス様」


 しかし、それを口にしていいものかと彼は悩む。


「ハルト殿は"無能"であるがゆえに放逐された。

 だからこそ・・・・・我らは希望を持った。

 後天的に絶大なスキルや魔法を手にした彼が持ち前の体術を駆使すれば、ほんのわずかでも現状は変わるかもしれない。

 ……私は、そう思ったからだ」


 もしそうであればと期待を持った。

 だが現実は、聞いたこともない奇跡のような現象を彼自身が体現するのを待つという、ハルトに負担ばかりをかける悪手に他ならない。

 それどころか最悪の場合、今代の勇者に滅ぼされる可能性のほうが高いだろう。


「しかし、ここにきて状況は大きく変わったと見える。

 これまで起こりえなかった事態とハルト殿ほどの強さがあれば、200年続く忌まわしい負の連鎖を断ち切れるやもしれない。

 今代の勇者ではなく彼ならば、世界を光に満たしてくれるのではないだろうか。

 そしてそれは、今を逃せば二度と訪れることはない"最後の機会"となるだろう。

 ……私には、そう思えてならない……」


 これが本当に最後の機会となるのならば、ためらっている場合ではない。

 刻一刻と闇が世界を飲み込もうとしている現状で、そんな余裕などなかった。


 であれば、自分たちの取る道はひとつだけ。

 そう考える彼は、呟くように言葉をもらした。


「……やはり、ハルト殿に"指針"を示すべきか……」

「……で、ですが、それは……」


 今度は逆にユーリアが止めようと言葉を濁す。

 そうした瞬間、恐れていた事態に繋がりかねないのだから。


 自身が消えることに未練はない。

 恐怖はあれど、それで世界が安寧に導かれるのならば。


 しかし、ハルト自身に途轍もない重荷として自身が記憶に残り続けるとすれば話は変わる。

 そんなことをすれば、彼を永久に縛り付ける"呪い"になってしまうだろう。


「言葉に詰まるユーリアの気持ちも分からなくはない。

 私もできることならそうしたいし、そうするべきだと強く思う。

 我らの世界を救うためだろうと、こんなものはこちらの手前勝手な言い分だ。

 同時に目立った行動を取れば、ハルト殿自身に魔王の刺客が送られるだろう。

 ……最悪の場合、世界を相手にせざるをえない事態になりかねない」


 それでもと、彼は続けた。

 そうしなければ、彼自身にもいいことではないのだから。


「……だが、たとえそうだとしても、このままでは永久にこの世界へ留まらせてしまうことになる。

 仮にハルト殿が元いた世界への帰還を望むのであれば、我らの悲願とも重なる。

 ……しかしそれは、あまりにもこちらに都合の良すぎる話だ。

 我々は彼に何も恩を返せず、彼を死地へと向かわせるだけではないか?」

「……アウリス様……」


 彼は決断を迫られる。

 いつ滅ぶかもしれない世界を憂い、それでも彼にとって最善と思える選択を。


「……ハルト殿の判断に、世界を委ねよう・・・・・・・と思う。

 我らに話せることなど何もないに等しい。

 ……それでも、誠意の欠片が砂粒ひとつでも伝わるように、我らはの御仁に忠を尽くす必要がある」


 これ以上ないほど真剣な表情で、アウリスは決断する。

 そんな彼の想いを酌み取り、前を向いてユーリアは言葉にした。


「ハルト様のご英断を、私は信じます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る