第28話 特別な依頼

「……"西の果て"の調査、ですか?」

「うむ。

 ぜひともハルト殿に受けてもらいたいのだ」


 ふかふかのソファーに腰かけながら対面するアウリスさんの話した内容に、俺は首を傾げてしまう。

 それだけ疑問点が多い言葉ではあるが、彼の表情からは登録したての冒険者に任せていい案件だとはとても思えないような依頼であることは間違いないだろう。


 だが彼の言う西の果てとは、つまるところ"他国"になる。

 そんな離れた場所にまでこの国所属の冒険者ギルドが介入するともなれば、最悪の場合はスパイ容疑で捕縛されても文句は言えないんじゃないか?


 そもそもこのトルサはお世辞にも大きい町ではない。

 アウリスさんはそれほど影響力のある方なのか?

 たとえ王都のギルドに所属するマスターと同格の力を持つとしても、他国に冒険者を派遣することは色々と問題になると思えてならない。


 しかしその真剣な眼差しからは、とても冗談で片付けられるような依頼ではないことも理解できるし、彼はそんなことを言うような方ではないのも間違いない。


 だとすれば、俺の技量を期待しての高難度依頼か?

 いや、魔物はもちろん、逃げ出した盗賊の拠点があったとしても、そういった要件であれば他国の冒険者ギルドにマスター名義で情報を送ればいい話だ。


 先日の一件を考慮すれば俺の力を借りたいことくらいは分かるんだが、その正確な目的は見当もつかなかった。


 ……俺を信頼しての依頼なのか?

 秘密裏に処理したい案件ならその手の専門家を雇うはずだし、そんな重要な任務を初心者の俺に任せるとはとても思えない。


 様々な考察をしていると、アウリスさんは申し訳なさそうに答えた。

 悲痛にも思えるその表情から、俺に何かを汲み取ってほしいとも感じられた。


「この件に関して、依頼内容の詳細を言葉にすることはできないのだ。

 ……不誠実極まりないし、ハルト殿が不信感を抱くのも当然だ。

 それでも、その場に辿り着けばすべてを理解できるだろう」


 ……なるほどな。

 うっすらとではあるが、段々見えてきた。

 これは、"異世界人の俺にしか"任せられないようだな。


 この依頼を受けた場合の影響はまったく分からないが、どの道この国に長居をするつもりはなかったし、この件を前向きに捉えるなら行く当てのない旅に"目的"を与えてくれたとも言えるからな。


 なら、俺に断る理由はない。

 むしろそれが彼らのためになるのなら、力を貸すのは願ってもないことだ。


「その依頼、お受けします」


 真っすぐ見据えて答える俺に対し、目を丸くするアウリスさんは言葉にした。

 断る可能性も十分あると思っていたんだろうけど、俺はそこまで薄情じゃない。

 真摯に向き合う人の気持ちくらい俺にだって分かるつもりだ。


「……本当に、よいのか?

 このような一方的な依頼を受ける必要など、ハルト殿には……」

「"そうせざるをえない事情"があるのは理解しているつもりです。

 その目的も、依頼の意味も、辿り着けば分かるのであればそれでかまいません。

 目的地とそれまでの地形や町を含む情報の開示はお願いできますか?」

「うむ。

 それについては可能な限り伝えさせてもらう。

 それと全額前金で支払う用意を済ませている」


 ずっしりと重さを感じさせる包みをテーブルに置きながら言葉にするが、さすがにそれを受け取れない俺は焦りながらも訊ねた。


「ま、待ってください。

 依頼報酬の前金で全額をお支払いいただけるのですか?

 それに、その中には相当の額が入っているようにも思えますが……」


 全額前金で仕事の依頼など、聞いたことがない。

 それこそ危険手当だったとしても、全額はありえない。

 まるで帰って来れない任務に就かされているように思えた。


 だが、どうやらそうではないようだ。

 その説明をアウリスさんはしてくれた。


「無粋ではあるが、これは我々の誠意と捉えてほしい」

「……我々って、まさか……」


 ちらりと視線をアウリスさんの横に立つユーリアさんへ向けるが、どうやらその予想は当たっていたようだ。


「はい、私からの依頼でもあります」


 ……いったい、ふたりは俺に、何をさせようとしてるんだ……。

 ギルドマスターと受付業務に就くふたりから自費・・で出された報酬の依頼?


 戸惑いながらも考え続ける俺に、アウリスさんは言葉にした。


「……すまないな。

 こんな無粋なものでは誠意など伝わらないが、あって困るようなものでもない。

 せめて旅費の足しにしてほしいとふたりで決めたことだ。

 どうか遠慮せずに受け取ってほしい」


 たしかにあって困るものではない。

 むしろ、もう少し稼いでから町を出ようと思っていたくらいだ。

 旅の資金として先に頂けるのは非常に助かる。


 しかし、素直に受け取れるものではない。

 話の内容や彼らの表情から、この小さな袋に入れられた硬貨は相当な高額としか思えなかった。


 どう話せば丁重に断れるのか必死に考えていると、彼は心が揺らぐ提案をした。


「ならばこうしよう。

 依頼を終えてこの町に戻った時、余った金額を返金してもらおう。

 当然、全額を有意義に使ってもらうための"報酬"であることも改めて言葉にしておくが、ハルト殿の思うようにしてくれてかまわない」


 彼の言葉が意味するところは、"それでも西の果てに向かってほしい"ということなんだろうな。

 それだけ重要な意味が込められた特別な依頼であることも、目的地で俺に何かをしてほしいとふたりが伝えていることも理解できた。


 ……なら、俺にはもう断るだけの理由がない。

 自由にしてくれてかまわないってことは、使わなくてもいいってことだ。

 報告に戻った時に返金できるのだから、高額でもいいような気がしてきた。


「わかりました。

 ありがたく報酬をいただきます」

「ハルト殿らしいな。

 本当に困った時は迷わずに使ってほしい」

「……お見通しですか」

「まぁ、貴殿・・の瞳はとても正直だからな」


 アウリスさんは小さく声を出しながら笑った。

 感情の制御ができていないことの情けなさからか俺も笑ってしまうが、不思議と悪い気はまったくしなかった。


 そう思えるような信頼できる人たちと出会えたことも、間違いないんだろうな。


「依頼の期限も別段決めていない。

 ハルト殿の自由に行動してくれてかまわない」

「どうぞご自身の気の向くまま、この世界を見てください」


 とても気になることをふたりに言われたが、それも目的地に着けばすべてが分かるんだろう。

 ふたりが何も付け加えない以上、あえてここで聞くのも困らせるだけだな。

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