第253話 頃合いだと判断するよ

「いらっしゃいませ!

 そちらの空いてるお席にどうぞ!」


 少し年下の女性店員の、明るくて元気な声が耳に届いた。


 さすがに夕食時ともなれば、ほとんど席が埋まってるんだな。

 まぁ、この町は鉱山での採掘業を生業にしてる労働者が多いから、サービスが良くて美味い店には人が集まりやすいんだろう。


 席につくと、女性の店員は注文を取りに来た。

 とはいっても、ここに限らず多くの料理を出せる店は少ない。

 中世のヨーロッパではどうだったのかは分からないが、よく考えれば多くの品を出すには流通が頻繁に、何よりも安定して行わなければならないはずだから、魔物はもちろん盗賊も稀に現れる街道を一日何本も馬車が行き来することは難しい。


 そもそも馬が引いて、町と町を行き来するんだ。

 車があって初めてできることも多いんだろう。


 そう考えると、創意工夫でやりくりしたからこその味とも言えるのか?

 少ない食材から最大限に美味いものを作ろうとすれば、自然と料理の腕も上がっていくんだろうか。


「お待たせしました!

 本日のメインは、きのこのソテーとディアの柔らかステーキですよ!

 シャキシャキレタスのサラダもおすすめです!

 オニオンスープも美味しいので、ぜひご一緒にどうぞ!

 パンはクルミがたっぷり入ったもので、もうじき焼き立てが上がりますよ!」

「美味そうだな!

 そんじゃ、とりあえず俺は3人前だ!」

「アタシも3人前で頼む。

 それとアーネル酒も1杯」

「俺も3人前と、ブドウ酒を1杯」


 サウルさんにしては珍しく、ワインを注文した。

 そういえば、たまに飲みたくなると言ってた気がするな。

 俺には良く分からないけど、酒ってのはそういうものなのか?


「私は1人前で、お酒はエールを」

「……あたしも彼女と同じで」

「俺も彼女たちと同じ量を。

 飲み物はアルーンのジュースで」

「……アルーンのジュース、と……。

 お客さんはお飲み物は何にしますか?」

「そういや言ってなかったな。

 んじゃ、俺もアルーンでいいぜ!」

「はーい!

 それでは少々お待ちください!」


 満面の笑みで答えた彼女は厨房へと向かった。

 随分と話し込んでいたこともあってか、さすがに腹が減ってきたな。


「アルーンは久しぶりだな!

 あの甘酸っぱい香りと味が食欲をそそらせるんだよな!」

「栄養価もいいらしいぞ。

 疲労回復や風邪の予防にも効果があるそうだ」


 恐らくはビタミンがたくさん入ってるんだろうな。

 こんな時だからこそ病気になるわけにもいかないし、そうなったら病状次第で体力も落ちてしまう。

 今日、明日でいきなり熱が出るのも困りものだが、まずないはずだ。


「いい香りしてんなぁ。

 鹿肉ってかなり美味いよな。

 なんで日本じゃ食わねぇのかな」

「昔は食べてたし、最近じゃまた食べられるようになったと聞いたな。

 低脂肪、高たんぱくで、しっかりと処理をした肉はクセもなくなるらしい。

 多少は独特の風味があるけど、この世界の料理はどこも美味いんだよな」

「あー、分かる気がする。

 いっつも鹿とか猪を食ってたけどよ、あんま臭くないんだよな。

 もしかして魔物だから、普通の動物とは違うのかな?」


 それは俺も考えたことが何度かあった。

 そもそも野生の鹿や猪は下処理だけじゃなく、調理の際にも丁寧に匂いを取る必要があるときいたことがあるし、実際臭みに感じて苦手な人もいると聞いた。


 思えば俺もジビエ料理は食べたことがないが、これまで食べてきた料理みたいに美味いんだろうか。



「ま、それは置いといてよ。

 ……いつ、出発する?」


 気合の乗った、けれども気負い過ぎてない表情で一条は訊ねた。

 いい顔をするようになったなと感心しながら、俺は答えた。


「一条の"育成"は終わってる。

 これ以上の技術を得ようとすれば、それこそ年単位の修練が必要になる」


 時間的な期限を考えれば不可能だ。

 残念ではあるが、ここから鍛えても技術はそれほど向上しない。


 あとは精神面で落ち着きを見せたらいい頃合いだと思っていたが、それも十分だと判断できるようになったようだし、これならいつでも行けるだろう。


「俺は頃合いだと判断するよ。

 一条はこれまでにないほど仕上がってる。

 むしろ出発を先延ばしにすると、かえって水を差しかねない。

 みんなはどう思う?」

「賛成だな。

 今のカナタなら問題ないとアタシも思うぞ」

「ようやく男のツラになったな、カナタは。

 初めて会った時は本気で心配したが、今のお前ならその必要はなさそうだ」

「……ん。

 とってもいい顔になった。

 これならきっと大丈夫。

 "勇者育成計画"もおおむね達成」

「そうですね。

 嬉しいやら、寂しいやら。

 とても複雑な気持ちではありますが……」

「……突っ込みどころのある言葉が端々に感じられんな……」


 白い目で話す一条だが、あえてそれを深く言及することはなかった。

 その表情や気配から察するに、どうやら自覚はしているようだな。


「まぁ、いいさ。

 そんで、至って平穏そのものらしい王都は、実際のとこどうなんだ?」

「分からないとしか言いようがない。

 だが情報が得られない以上、ここで待ち続けても状況は悪くなる一方だ」


 技術面では問題ないが、こいつのやる気が削がれると良くない。

 ここはできるだけ早めに行動するべきなのかもしれないが、体力が回復してないのなら休息を取ったほうがいい。

 しかし、精神が勝ってしまうと疲労感がなくなることも多い。


「一条次第だな」

「……え?

 俺なのか?」

「そりゃそうだろ。

 お前は勇者だぞ、カナタ。

 ハルトはお前のサポートに付くって話だろ?」


 呆れたようにヴェルナさんは話した。

 忘れてたわけじゃないが、決めるのは自分じゃないと思ってたのか。

 いつも俺がチームのリーダーみたいなことをしてたからな。


 少しだけ考え込んだ一条は、はっきりと言葉にした。


「……明日、行こうぜ。

 この気持ちがなくなっちまう前に」

「決まりだな」

「あぁ!

 そんじゃ、勝利への前祝だ!

 今日はがんがん食って、がぶがぶ飲もうぜ!」

「……良く分からないけど、言いたいことは分かった。

 カナタ、お腹空いてるんだね。

 いっぱい食べて大きくなろうね」

「言いたいこと伝わってねぇ!」

「はーい!

 お待たせしましたー!

 お先、サラダになります!」

「待ってたぜー!

 美味そうだな!」


 ころころと表情を変えながら、子供のようにはしゃぐ一条。

 だが、今になって少しだけ俺自身のことも理解できた気がする。


 感情をはっきりと表に出すこいつが、俺は少し羨ましく思えてたんだ。

 そういったことは子供の頃から苦手だったし、特に変える必要もないから自然に生きてきたけど、もしも一条の様な性格だったらまったく違った人生を歩んでいたのかもしれないな。


「それでは、他のお料理をお持ちしますね!」

「おう!」


 一条は美味そうにサラダへ手を付け、俺は店員の後姿を目で追った。



 ……悪いな、一緒に食べられなくて。

 でも、"約束"は果たしに来たよ、ミラ。

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