第252話 正しいと信じて

 アイナさんの言葉に胸が締め付けられたまま、凍り付くように思考が止まった。

 ……これは彼女の、彼女たちの出した"答え"なのか。


 レイラも、サウルさんとヴェルナさんも。

 アイナさんと同じように俺を見つめていた。


 美しく、信念が明確に感じられる瞳。

 毅然とした4人の姿は、これ以上ないほどに綺麗だと思えた。

 しかしその一方で物悲しさと切なさが極端に込み上げ、俺は言葉を失った。


 ……どう答えればいいんだろうか。

 どうすればみんなを救うことが・・・・・できるんだろうか。


 どんなに考えたところで答えは変わらない。

 魔王を倒して世界を救うことでしか、彼女たちの意に適う結末を迎えられないのだと、同じ終着点に辿り着いてしまう。


 俺は人間だ。

 神様のような力を持たない。

 だから、彼女たちを別の形で救ってあげられない。


 魔王と対峙すると決め、彼女たちの存在が曖昧なまま活かされているのだと知った時から分かっていたことだ。


 ……それでも。

 俺には結局のところ、救ってあげることなどできはしないのだと思い知る。

 どうしようもないと頭では分かってるつもりだが、それでも俺は言葉にならず、立ち尽くすことしかできなかった。


 どうすればいいかなんて、分かってる。

 魔王は害悪で、存在そのものを消し去らなければならない。

 それは変わらないし、そうするためにこのトルサまで戻ってきた。

 ……けど、その代償としてはあまりにも辛すぎる現実が待ち受けている。


 アイナさんとレイラや、200年前から記憶が残り続け、今も俺たちに希望を託してくれる人たちすべてが同じ気持ちなのかもしれない。


 そして、サウルさんとヴェルナさんもだ。

 何が起きているのかを理解し、それでも俺の傍にいてくれるふたりも同様に、そうすることが正しいと信じてここにいるんだ。


 そんな人たちに俺ができること。

 いや、それじゃ世界を救うのと同じだ。

 俺には重すぎる責任に圧し潰されそうになる。


 そうじゃない。

 そうじゃ、ないんだ。


 ……俺は、どうするんだ?

 どうすることがいちばんなんだ?


 彼女たちの目には確固たる強い決意と覚悟が溢れていた。

 なら、俺は何をするべきなんだ?


 ……そんなこと、最初から何も変わってない。


「決まってんだろ!!

 魔王を倒すんだよ俺たちは!!

 そうすることで全部ハッピーエンドだ!!」


 叫ぶように声を荒げる一条に切なくなる。

 こいつはまた、強い言葉を使って自分に言い聞かせてる。


 いつだってそうだ。

 弱気になると決まって心を奮い立たせ、前に進む努力をする。


 ……本当にすごいよ、一条は。

 純粋にすごいと思うよ。


「……そうだな。

 俺たちには、それしかできないもんな」


 重く、沈み込みそうになる心とは対照的に、見上げた夜空に浮かぶ星々は煌々と輝きを放つ。


 まるで希望の光だ。

 ひとつひとつが託された想いや決意に見えてくる。

 それを感じる中で、ひとつだけ希望が宿るように心情の変化をもたらした。


「……女神様であれば、きっと悪いようにはならない。

 この先がどこに通じてるのか俺には分からないけど、それでも俺は希望に溢れ、"誰もが笑って過ごせる世界"に繋がっていると信じて、俺は進むよ」


 人智を超え、人を慈しみながら見守る慈愛に満ち溢れた存在。

 それが神と呼ばれる方たちだと俺は思う。


 神様に頼り切ってはいけない。

 それでも、そこに希望を持つことくらいは赦されるはずだ。


 彼女たちを救えない俺たちが……。

 消失させる結果しか導き出せない俺たちが、それを信じて戦いに赴いてもいいと思えた。


「……行こうぜ、鳴宮。

 俺たちが終わらせて、女神様が救いの手を差し伸べる。

 そんで全部丸く収まるんだ。

 俺はそう信じる」


 ……そうだな。

 俺たちには女神様を信じて先を進むことしかできない。


 きっと、悪いようにはならないはずだ。

 俺たちが想像してる未来とは違う場所に繋がってる道かもしれない。


 それでも、その道を信じて進む。

 誰もが笑って過ごせる世界になると信じて。



 心が軽くなったと確かに感じたこの瞬間、俺の中で何かが変わった気がした。

 それがどんなもので、俺自身はもちろん、誰かに影響を与えるものなのかも分からない、曖昧で不鮮明な言葉にできないようなものだったけど。

 見上げた夜空は、さっきまでとはまったく違った色に見えた。


 虚ろげで、どこか寂しさを感じた仲間たちの気配もようやく落ち着き、俺たちはくだらない雑談をしながら宿屋へと向かう。


 月に照らされた町中はとても幻想的で、気の合うみんなと共に歩く夜道は心地良く感じた。


 同じ食事を取り、同じ時間を過ごし、同じ場所へ向かってるんだ。

 そう感じるのも当然で、極々ありふれたことなのかもしれない。



 本当に、不思議だな。

 これから数日以内に魔王と対峙する可能性が高いってのに、俺の心は先ほどとは打って変わって冷静さを取り戻していた。


 それもみんながいてくれたお陰だ。

 みんながいてくれたから、俺はこうしていられる。


 俺に何ができるのかは分からない。

 けれど、もしかしたらまだ何かできるかもしれない。

 最後の最後まで何ができるのかを考えよう。


 そうすることで、別の視点が見えることだってあるはずだからな。

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