第254話 俺は俺だからな

 早朝のギルドは、一般的には解放されていない。

 しかし緊急時にいつでも対応できるよう、ギルドの扉に鍵がかけられることはないと聞いた。


 たとえ深夜だろうと早朝だろうと、それは変わらない。

 どんなに小さなギルドでも職員が常に待機してるらしい。


 それでも、冒険者や飲食スペースで食事をする人の気配がまったくないと、どことなく異質な空気を感じ、肌寒いようにも思えた。



 3階、突き当りの執務室。

 ここはギルドマスターが職務をするために用意された部屋だ。

 小さな町であるトルサでも早朝から出勤し、時には深夜まで仕事をしてるとアウリスさんは言っていた。


 むしろ、ギルドマスターでなければできない仕事が多いのだと、昨日の対談で笑いながら話していたな。

 誰でもなれるような立場ではないからこそ替えが利かない、とも。


 昨日の今日で来るのもどうかとは思ったが、それでも挨拶はするべきだからな。


「……そうか。

 予定より早いが、行くのか」

「はい」


 俺は端的に答えた。

 ここから王都までは徒歩3時間弱。

 馬車で向かえば半分以上短縮できるはずだ。


 先日のうちに貸出馬車の手配済も済んでる。

 御者には冒険者から転職した、サウルさんと似たような経歴を持つ男性だ。

 もしも王都の街門で何かが起きた場合、ひとりでも対処できるようにと実力者を雇った。


 現状で手に入れられる情報もなさそうだし、体力だけではなく精神的にも十分行動できるとみんなで判断して出立を決めた。


 王都に着くまでの道は問題ないだろう。

 しかし、その先に何が待ち受けているのかは未知数と言わざるを得ない。

 どんな影響があるのか、それとも何も起こらないのか。

 トルサにいたままでは判断がつかないからな。


「……そうか」


 アウリスさんは小さく言葉にして、ひと息ついた。

 彼の表情は達観してるようにも、どこか寂しげな様子にも見えるとても複雑なもので、俺たちは言葉が続かずにただ立ち尽くした。


「ハルト殿、カナタ殿。

 おふたりには心からの感謝と、我らには何もできないことに謝罪を。

 そして、勇者様方・・・・と行動を共にする英雄たちにも深謝する」


 アウリスさんとユーリアさん、深々と頭を下げた。


 そんなこと、しなくていいのに。

 そう思っても言葉にはできなかった。

 これは、心からの善意からきてるものだ。

 それを遮ることは、彼らの心を踏みにじるのと同じに思えた。


「……じいちゃん」

「……結局、その呼び名は変わらなんだな……」

「俺は俺だからな。

 親しみを込めて呼んでんのに、やめたりしないぜ」

「……そうか」

「おう!」


 瞳を閉じながらアウリスさんは微笑み、一条はそんな彼に満面の笑みで答えた。


「そんじゃあな、じいちゃん、ユーリア。

 達者で暮らせよ」

「……気を付けてな」

「心からの感謝を、勇者様方と英雄の皆様に捧げます」

「おう!

 ぜってぇ魔王をぶっ飛ばしてやるからな!」

「……ハルト殿。

 どうか世界のためではなく、ご自身のために……」

「はい。

 そうさせてもらいます。

 全世界に存在する生命すべての未来を抱えるなんて、俺には重過ぎますから」

「……そうだな」


 それでは失礼します。

 そう言葉にした俺は、仲間たちと部屋を後にする。

 名残惜しいが、これ以上いると話し込んでしまいそうになるからな。

 

 *  *   


 退室した俺たちは、階段を下りながら各々言葉にした。


「うし!

 そんじゃ、ぶっ飛ばしてやるか!」

「そうだな」

「俺らもギリギリんとこまで手を貸すぞ。

 さすがに魔王と対峙はできねぇが、王城まで直線距離でも広いからな」

「正直に言えば、何が起こるか分かりません。

 レフティ様と会えれば状況も掴めるかもしれませんが……」

「……操られる可能性も高いと思う。

 戦う覚悟をしておいたほうがいい」

「ま、なんとかなんだろ。

 出たとこ勝負ってのは嫌いじゃないが、そんな場合でもねぇからな。

 ともかく、最優先はカナタとハルトが魔王と対峙するまで無傷のまま辿り着くことだ。

 最悪の場合はアタシらが盾になってやるから、遠慮なく突き進めよ」


 そうならないことを願うばかりだが、さすがにどうなるのかは行ってみなければ分からない。


 それでも、ここにいるみんなとなら大丈夫だ。

 たとえ何が起きても、何とかなると信じられた。


 ……何とかなる、だなんて俺らしくもない考え方だな。

 でも、曖昧に思える言葉がこれほど心強く感じるなんて、思ってもみなかった。


 本当に不思議な感覚だよ。

 ぜんぶ、お前の影響なのかもしれないな、一条。

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