第131話 俺はもういないんだ
「見てろ、鳴宮。
お前の顔から血の気を引かせてやる」
何かのマンガで読んだ気がするセリフを言い放つ一条と、俺は対峙していた。
魔物の索敵にも引っかからない見通しのいい夕方の平原は、涼しい風が適度に吹き抜ける居心地のいい空間だった。
ギルド前はもちろん、町中で暴れるわけにもいかず静かな場所までやってきたが、まるで決闘で雌雄を決しようと言わんばかりの男を冷めた目で見つめる。
こいつが俺と別れた後も色々と訓練をしてきたのは分かってるつもりだ。
だがそれも鍛錬とは呼べないほどの基礎的なものになっていたはず。
その程度で俺と肩を並べた気になっている一条に苛立ちすら覚えなかった。
「……念のため聞くが、少しはマシになったつもりなのか?」
「あ?
聞いてなかったのか?
その涼しい顔も……今だけだって言ってんだよッ!!」
一気にこちらへと迫る一条に、眉を少しだけ動かした。
速度が以前と比べて遥かに速くなっているようだ。
どうやら短期間とはいえ下地を作ってきたみたいだな。
まだまだ粗削りだが、それでも足腰がしっかりとしてきた。
期間を考えれば相当の鍛錬を積んだのは間違いない。
ひたむきに前を目指さなければ、これだけの成長はなかった。
素直なところもあるじゃないかと思いながら、俺は口角を上げた。
至近距離まで迫った一条は足を止め、右こぶしで殴打を放つ。
拙くとも地面に足を踏みしめて腰を使った一撃は、格闘術の型を思わせる。
いい先生たちに看てもらえて、いい一撃を放つようになったじゃないか。
感心しながらも
カウンターを額に直撃させ、そのまま一条を後方へ突き飛ばす。
ゴロゴロと面白いように転がりながら、情けない叫び声を平原に響き渡らせた。
「実戦なら今ので決まってたな。
随分と優しいじゃねぇか、ハルトは」
「まぁ、勝ち負けじゃないからな。
無策に突っ込まなかったことだけは及第点だろ」
「……直線的な行動は避けるべきだって教えたのに……」
「いえ、どの道ナルミヤさんには今のカナタが放つ攻撃の一切が通用しません。
ナルミヤさんを見返そうとする気概が、カナタの判断力を低下させていますね。
普段であればもう少しだけ良かった動きも、思うように出せずにいるようです」
まるで評論家のような外野に、苦笑いしか出なかった。
ともかく、こいつが見せた成長が著しいのは間違いない。
しかし、そう簡単に差を詰められるようでは流派を継げない。
圧倒して当たり前。
噛ませ犬にすらなっていないのも当然。
いち流派の師範代に素人が勝てるはずもないんだから、問題はそこじゃない。
「く……の野郎――!」
怒りを露に詰め寄るが、それじゃダメだ。
頭に上った血を静める冷静さがなければ俺に勝つことはもちろん、一撃を当てることすら難しい。
それに、俺には気配が読めるからな。
たとえ今見せているのが迫真の演技だろうと通用しない。
そういったものが通じる世界に、俺はもういないんだ。
再び至近距離で足を止め、今度は右の殴打を当たる寸前で止めた。
鋭い左を顎下に放ち、それすらも止めるが、その行動は無意味だと知ってもらうように左こぶしを右脇腹に叩き込んで一条の動きを封じた。
ご自慢の黄金鎧でも、突き抜けるような衝撃は防ぎ切れない。
それなりに痛みを感じなければ学べないこともあるし、強気の姿勢を貫くこいつにとっては効果的だろうからな。
「――が、はッ!?」
「そんな小手先の技が通用するわけないだろ」
驚愕の表情を浮かべる男へ冷たい口調で断言した。
少し強めに入れたこともあって、膝が笑い始めてるな。
「……く、そがぁぁ!!」
痛みを振り払うかのように右足を腹に目がけて振り上げた。
半歩後ろに下がり、空振った反動で体勢を崩したところへ左の軸足を払う。
尻から落ち背中を地面につけた瞬間、一条の頬を掠める右こぶしを痛烈に放つ。
大地が軽く沈み込むほどの一撃に血の気を引かせた男を見て、セコンドから言葉のタオルが投入された。
「……終いだな。
まぁ武術経験の浅い素人にしちゃ、良くやったほうだろ」
「話に聞いてた程度の技術だとすれば、ここまで短期間に成長したのはあんたらが続けた指導の賜物だな」
「いえ、基礎的なものを教えはしましたが、頑張ったのはカナタですから」
「……もう少し粘れるとあたしは思ってたけど、残念。
でも、足りないものがはっきりと見えたし、ナルミヤ君には感謝。
次こそ、納得できる動きにまでカナタを鍛え上げてみせる」
……レイラはこいつを育て上げることに、生き甲斐を感じ始めてないか?
今の一言で急に疲労感が込み上げてきたが、一条は育て甲斐のあるやつだし、次は本当にいい仕上がりを見せると思えた。
だが、何のために強くなるのか、その覚悟が一条にはまだ足りないと思える。
何か切っ掛けがあればこいつも化けるかもしれないが、"俺に勝ちたい"なんて思ってる段階じゃ意識が低いと言わざるをえない。
ともあれ、そろそろ呼び名も変えてもらおう。
この世界じゃ違和感を覚えるように聞こえてるからな。
「春人だ。
鳴宮は家名だから、次からは名前で呼んでくれてかまわないぞ」
「……ん、分かった。
よろしく、ハルト君」
「私もハルトさんと呼ばせていただきますね」
「……なに、和んでんだよッ!?」
勢いよく起き上がる男をそっちのけで、俺たちは話を続けた。
その様子が気に食わなかったんだろう一条は、俺を睨みつけながら『ぐぎぎ』と声にならない音を出しながら悔しがっていた。
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