第130話 面倒な生きもん

 何とも言えない気持ちになってるサウルさんとは対照的に、ヴェルナさんからは一条へ興味が一気に失せたような気配を感じた。

 きっと一度は"伝説上の勇者サマ"ってのと戦ってみたい、なんて思っていたんじゃないだろうか。


 彼女が興味をなくすのも当然だ。

 今の一条にその価値はまったくない。

 むしろ、魔王を倒させるために王都が躍起になってこんな男を召喚させたのかと、内心では首を傾げているのかもしれないな。


 どの道、今のままではヴェルナさんの興味を引くこともなさそうだ。


「それよりも、ふたりは冒険者ランクも昇格したんだな」

「えぇ、私もレイラも素性が知られていますから」

「……ほんとはランクAにさせられる・・・・・とこだった。

 何とか交渉して、ランクCにしてもらった」


 ギルド側が取ろうとした対応も真っ当だと俺には思えた。

 王都で登録をしてるはずだから、どんなに若い受付だろうとふたりを知らないとは考えにくい。

 そのままギルドマスターに話が伝わって、これまでの経歴を評価されての飛び級なのは間違いなさそうだな。


 問題は悪目立ちしすぎることか。

 情報は出所不明で伝わるものも多いし、ふたりの知名度を考えれば当然だろう。

 急激なランクの変動は同業者の嫉妬を買う事態にも繋がりかねない。

 冒険者としての活動をするだけなら、ランクは低くていい。


 低かろうと報酬金が減るわけじゃない。

 せいぜい護衛依頼が受けられない程度だからな。

 俺からすればデメリットはまったく感じられなかった。


 サウルさんも、彼女たちが飛び級したことを考え続けていたようだ。

 そう時間をかけずに"答え"へ辿り着いたが、相当驚いてるみたいだな。


「……おいおい。

 まさか、噂に聞く王国騎士団の副団長様かよ。

 そっちの嬢ちゃんもミスリルを自作できるってことは、魔術師団の幹部か?」

「……元次席。

 幹部って響きは偉そうで嫌い」

「次席も上から2番目だし、十分偉そうだとアタシは思うぞ」

「……違う。

 次席は"いちばんになれなかった人"」


 言葉の綾にも思えるレイラの個性豊かな発言に、疲労感が募った俺たちだった。


 一般的な冒険者を相手にしていれば今の言葉も十分通用したと思うんだが、サウルさんもヴェルナさんも並の使い手じゃない。

 特にヴェルナさんは相手の力量を感じ取る技量にまで到達してる。

 残念ながら、彼女の発言が通じるような相手でもないんだよな。


「……なんの冗談だよ。

 とんでもなく強い気配が隠しきれずに溢れ出てんぞ。

 いったい何をどうしたら、そんな領域に足を踏み入れられるんだよ……」

「……確かにハルトみたいな凄まじさは感じてたが、それほどか?」

「あぁ、やべぇぞ、このふたり。

 アタシら以上の使い手だと比較するのもおこがましい技量だ。

 ランクSとも何人か会ってるけどよ、そいつらが可愛く思えるぞ」

「……マジかよ……」


 冷たい汗をかきながら警戒するような視線をふたりに向けるヴェルナさんと、彼女の言葉に目を丸くするサウルさんを、優しい眼差しでふたりは見つめていた。

 もっとも、レイラの表情は変わらずに眠たそうだったが。



 アイナさんの強さは、俺も初めて会った時に気付いてた。

 レイラのほうは魔力が感じ取れないから掴みづらかったが、少なくとも体を鍛えていることくらいは理解できた。


 並大抵の努力では成しえない領域に足を踏み入れたからこそ、一条を挑発した。

 彼女たちが放っておけないと判断した男が馬鹿な言動を繰り返していたことも注意したかったが、それよりもふたりの努力を知らずに好き勝手してもらいたくなかったんだ。


 未だに一条は、彼女たちが別次元の領域にいる事実に気付いてない。

 武術を学んだことすらない普通の学生なんだから、それも当然だ。

 でも、そうだとしても、"勇者ってのは実戦で強くなるもんなんだよ"なんて理屈が通じるほど、この世界は甘くないんだよ。


 その状態で冒険を続けることの危険性を知ってもらいたかったことも大きいし、何よりもあのままでは良識人で技術的にも申し分のないふたりが傍にいたとしても一条は腐ると思えた。


 力を振りかざすようなことはしなくても、恐らく魔王とやらと対峙した後も傲慢に近い態度を続けていたことは間違いないはずだ。

 その結果が何を生み出すのか、想像するのも恐ろしい。


 "敗北"だ。

 それも圧倒的なまでの差を付けられて完敗する姿しか俺には見えない。

 勇者は魔王の悪意に倒れ、世界は闇に包まれるだろう。


 それだけで済めば、次期勇者を育てて再戦すればいい。

 そんなことを赦してもらえるほど優しい相手ではないと思うが。


「確かに強いけどよ、ふたりはそんなに凄いのか?」


 何気なく放った一条の一言は、俺のこめかみに軽い衝撃を走らせた。

 この男が彼女たちの強さに気付かないことは仕方がないと理解してる。

 俺もその領域に足を踏み入れるまでは何年も鍛錬を続けてるからな。


 ……だが。

 少し危機感が足りないんじゃないかと思えた。

 あれだけ差を見せつけるようにボコっても、もう忘れたみたいだな。


 信念や覚悟があってもまだ足りないんだ。

 そんなことで魔王を倒せるなら、とっくの昔にこの世界の達人が達成している。


 どうすれば、この馬鹿にも伝わるように行動できるのかを本気で考えていると、それを察知してくれたふたりはどことなく嬉しそうな声色で答えた。


「そちらは私たちが責任をもって教育します」

「……ナルミヤ君は、今日もカナタをボコってくれるだけでいい」

「そうだ!!

 忘れてた!!

 おら再戦だ鳴宮ぁ!!

 今度こそ涼しい顔を凍り付かせてやる!!」


 最新の電気ケトルよりも沸騰する時間が遥かに早かった一条は、吼えながら闘志を燃やした。

 敵愾心にも似た強い感情ではあるが、早々に差を埋められるものでもない。


 だから、サウルさんたちが呆れたように口を出したのも当然のことだと思えた。


「……なに熱くなってんだ、こいつは……」

「ほれ、ハルトにボコられたって聞いたろ?

 男子・・ってのは、そういう面倒な生きもんなんだよ」

「……男の俺を前にしてよく言えたな、お前……」

「否定できるのか?」

「でき……ねぇな……」

「だろ?」


 完全に子供扱いをするヴェルナさんだが、その気持ちも良く分かる。

 同い年の俺から見ても、一条は中学生レベルの頭脳を搭載してるからな。


 俺も人からは達観してるとよく言われるが、こいつを見てるとその理由も分からんでもない。


 きっとそうなるだろうなと俺も予想してたんだろう。

 深いため息をつきながら、脳内では戦えそうな場所を考え始めていた。

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