第261話 感謝しています
街門まで辿り着くと、5人の兵士は俺たちを出迎えた。
残念ながら気配からは、あまり歓迎されてる様子が感じられないが。
ともかく、こちらから手荒な真似をすれば意味が大きく変わってくる。
"勇者としてそんなことはできねぇぞ"と一条からも釘を刺されているし、俺も強行突破はしたくない。
かといって、向こうの出方次第ではそうなる可能性も十分に考えられるが、俺たちが先に手を出せば最低でも公務執行妨害と不法滞在の罪は免れないだろうな。
「止まれ!」
兵士の中でもリーダー格と思われる男に命令された。
かなり口調も強く、何よりもどこか見下したような視線を感じる。
この男は俺たちが何者なのかを調べる以前に、冒険者を蔑視してるんだな。
正直に言えば、こういったタイプとこれまで遭遇しなかったことのほうが驚きだったのかもしれない。
特に国家権力を持つと豹変するような態度を取る人間が、少なからずいる。
それはこの異世界だろうと日本だろうと変わらないことだ。
珍しいわけでもないし、"あぁ、面倒なやつが来たな"程度に考えればいい。
……しかし、続く兵士の言葉に眉をひそめた。
「国家転覆を目論む輩が周囲にいるとの情報があり、現在すべての街門は封鎖されている!
貴様たちの目的をこの場で明確に述べ、身分を証明せよ!
さもなくば直ちに拘束し、尋問する!」
かなり強い口調で言い放つ兵士。
だが俺たちの中にはひとり、上から物を言う対応にイラつく男がいる。
そうなる可能性も考慮していたが、やはりこうなったかと俺たちは意識を仲間のひとりへと向けた。
「……随分と高圧的な態度を取るんだな」
静かに怒りの感情を沸々とわき上がっているのが、手に取るようにわかった。
そんな状況でも俺は随分と悠長なことを考えた。
イラつく一条の姿に懐かしいと思えたからだ。
それでも王城に召喚された直後とは違い、最低限の冷静さは保ったままだった。
さすがにここで手が出るようじゃ、先が思いやられる。
これならまだ話し合いは続けられそうだな。
「私は第五兵士長から全権を任されている!
少なくとも、冒険者風情がこの件に口を出せば後悔することになるぞ!」
「おーおー、おっかないねぇ」
聞こえないような小声で、俺の背後から挑発的なささやきが耳に届いた。
……そう言えば、もうひとりいたな。
こういうやつが嫌いな女性が。
何よりも彼女は自由を求めて冒険者になったから当然かもしれないが、さすがに王国兵士を相手にするのは色々と面倒事しかない。
それが分かってるから大人しくしてくれてるが、かつての彼女だとどんな対応を取ったんだろうな。
「貴様らは道中で急に馬車を止めた!
まさかとは思うが、それは我らを見たからではないのか!?
今すぐにこちらの納得のいく説明がないのであれば拘束する!」
……随分と横柄な人だな。
その姿を恥と思う感性はないのか。
これはまた面倒な相手と出遭ったもんだな。
「俺たちは知人に会いに来ただけだ。
その人は俺の恩人で、とても良くしてもらった。
今も心配してるはずだから、こうして仲間を連れて再会を喜ぼうと戻って来たんだよ」
この話も街門に来る前、バルブロさんにしてある。
眼前にいる兵士にも嘘はついてないし、できれば会いたいと思ってるが、さすがに王都は広いし難しいだろうな。
そもそも彼は騎士の中でも王に近い場所にいる。
街門まで向かうのはかなり稀だと聞いてるからな。
思えばあの時も王城から連れ出す任務を実行しただけだし、そうでもなければ王城勤務の騎士がこんな場所に来ること自体が異例だと思えた。
それにしても、いちいち耳障りな男だ。
少しは静かに話してもらいたいもんだな。
「ならばなぜ馬車を止めた!」
「そいつは俺が急に眩暈を起こしてな。
客に無理を言って、しばらく休憩を取らせてもらったんだ。
そういうわけで、宿屋で横になりたいんだが、通してはもらえないのか?」
「怪しいやつを通すわけにはいかない!
休みたいのなら牢屋でも十分静かに過ごせるぞ!」
……なに言ってんだ、こいつ……。
容疑もないのにぶち込む気か?
こんなやつがこの場を仕切ってて大丈夫なのかと心配になる。
話もロクにできない男に任せた第五兵士長ってのは無能なのか?
それとも面倒だからこいつに任せときゃいいとか、そんな理由か?
どちらにしても、この男に何を言っても無駄な気がしてきた。
かといって、実力行使で突破するわけにもいかないし、不毛な押し問答を続けるしか俺たちにはないか。
「ここはもういい。
お前たちは下がっていろ」
「……は?」
「聞こえないのか?
それとも、俺が誰かも忘れたか?
ミカルも嘆いてたぞ、高圧的な部下がひとりいるってな。
噂じゃ"全権を任された"とか嘯いてるとも聞いた。
もし本当ならとんでもないことだ。
上層部に調査を進言するのもやぶさかではないが」
「し、失礼しました!
おい行くぞお前ら!」
「その態度が良くないと伝わらなかったみたいだな」
「も、申し訳ございません!」
敬礼をしながら謝罪する男に、どうしようもないやつだと思えた。
だが、これでようやく冷静な話し合いができそうだ。
初めて会った時もそうだったな。
何気ない日常的な会話に思えてその実、たくさんの情報をくれた。
彼がいたから、俺はこの国を恨むことなくいられたのかもしれない。
そう思える人で、この世界に来て最初に手を差し伸べてくれた人だった。
「……久しぶり、と言うべきなんだろうな」
中年の騎士は、どこか申し訳なさそうに答えた。
ここでは話しきれないほど多くのことに対して自責の念があるのかもしれないが、この人にはそんな顔はしてほしくなかった。
「あの日、力を貸していただけたことに感謝しています」
「――ッ」
俺の言葉に目を丸くした中年騎士の男性は、声を震わせながら言葉にした。
「……俺は命令に従い……お前を王都から追放させただけだ……」
「そんなことはありません。
この世界に来て右も左も分からない俺に資金と情報を与えてくれました。
どれだけ救われたのか、言葉にできないほど感謝しています。
それをあなたに、あの日からずっと言いたかった」
言葉遣いも隠さず、俺は丁寧に言葉を紡いだ。
ほんの少しでも想いが伝わるように。
わずかでも心からの感謝が伝えられるように。
ヴァルトさんは悲痛な面持ちのまま涙を流す。
どれだけ理不尽な命令だろうと実行しなければならない立場にいる彼が、それ以外の行動などできるはずもないし、する必要なんてない。
俺は追放処分で、処刑じゃなかったからな。
もしそうなっていれば、大問題どころでは済まなかった。
少なくとも、一条を抱えて王都を脱出することになっていただろう。
手加減のできない一葉流を使い、迫り来る兵士や騎士たちを次々と再起不能にし、凶悪犯罪者として国際指名手配をされていた可能性だって十分に考えられる。
だから、俺はあなたに対し、感謝の念しか抱いていない。
あなたは危険を顧みず、自分にできる精一杯のことをしてくれた。
そこに怒るような度量の狭さなど、俺は持ち合わせていないつもりですよ。
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