第262話 王都だからな

 王都の街門は、他の町に造られたものとは違う。

 分厚く、重厚感のある石材で積まれた壁が何メートルも続く。

 街門内部となるトンネルのように造られた道を馬に歩かせ、俺たちは進んだ。


 追放された時は陰鬱なイメージが抜けきれなかったが、こうして戻ってみると随分と違った印象を受けた。


「ここ、町まで行くのに割と時間かかるんだよな」


 馬車に揺られながら、一条は話した。

 だが、ここは王都なんだから、それも当然だろう。

 どの町よりも頑強に造らなければ、敵の侵入を許すことになる。

 そうなればどうなるのか、考えるのも恐ろしい事態を招く。


 戦える者なら武器を持てばいい。

 しかし、街門周囲に造られた店や施設には戦えない者が多い。

 そのまま住宅区が続く造りも多いため、もしも敵が攻め入れば間違いなく自衛手段のない一般人が真っ先に犠牲となるのは、火を見るよりも明らかだ。


「王都だからな。

 外敵から護るために街門が造られるし、そうでなければ意味がない。

 ……だが、どいつを"敵"と呼んでいいのかは、俺には答えられないが」


 悪名高い帝国の動きもきな臭いと、ヴァルトさんは続けた。

 どうやらパルムでの一件も耳にしてるようだ。


 あらまし程度に話をすると、彼は嬉しそうな声色で答えた。

 お礼を伝えた時にも感じたが、俺を追放したことが心残りだったんだな。


「……そうか。

 報告書には"ある冒険者"としか表記されてなかったが、お前が解決したのか。

 あの一件が最悪の方向へ転がり込めば、違った意味で王都は揺いだだろうな」


 それだけ衝撃的な事件だったことは間違いない。

 もしも仮にパルムが陥落していた場合、帝国領の前線基地として利用されていた可能性もゼロじゃない。


 もちろん、そうはならない理由もあるし、"呪い"の影響は最長でも半年で影響が出ると聞いたから、帝国本土が動き出すには準備をしてる段階で記憶が消去されるだろう。


 しかし、それはあくまでも帝都にいる女帝が動かす兵の話となるから、パルムでの一件は防げなかったはずだ。


 もう少しで大量虐殺をされるところだったことを考えれば、いくら魂に悪影響を受けて悪意ある行動に出たからといって容認できるはずもない。


「ヴァルトさんにも話すべきことがたくさんある。

 リヒテンベルグの存在は知ってるとしても、そこで何が起こったのかも伝えたほうがいいと思えるから、可能なら少し時間をもらえないか?」

「あぁ、そのつもりだよ。

 俺も聞きたいことが多い。

 こんな時でもなければ、お前の旅をつまみに酒を飲みたいところだが、恐らくはそう時間もないんだろ?

 だから勇者一行と王都に戻ってきたんだろうからな」

「その認識で合ってるよ」

「街門であんなやつに遭うとは、さすがに思ってなかったがな」


 心底嫌そうに一条は話す。

 そう思う気持ちも分からなくはない相手だったし、実際あのままヴァルトさんが来なければどうなっていたのか分からない。

 最悪の場合、そのまま武力で制圧せざるを得なかった可能性すらある。


 そうはならなくて良かったと思いながら、ふとこちらは名乗っていなかったことに気が付いた。

 あの時はそんな状況でもなかったし、それも当然かもしれないが。


「春人だ。

 もっと早く名乗るべきだった」

「ヴァルトだ。

 気にしなくていい。

 ……お前が無事なら、それでいい」


 やはり、俺のことが気がかりだったみたいだな。

 思えば俺は、異世界から召喚された直後に放逐されてる。

 多少の情報と資金をもらえたが、もしもこの世界の文字が読めなかったら大変なことになっていたかもしれない。


 彼が俺を心配する理由のほうが多いんだろう。

 それはそれで申し訳なくも思えるが、そう感じるのは俺が武芸者だからだ。

 もし何もできない一般人だったら、それこそボアに遭遇した時点で詰む。


 頻繁に間引いてるとはいっても、魔物は魔物だ。

 剣を持ったこともない素人からすれば、猪や鹿でも十分脅威になる。

 武芸者である俺を召喚したアリアレルア様は、追放されることもしっかりと踏まえた上で俺を選んだんだろうな。


「……そういや、さ。

 あいつ、アイナとレイラのこと知らなかったのか?

 そっちの方の記憶はなくならねぇんだろ?」


 一条の言うように、200年前の記憶は残ってるはずだ。

 なくなるのはそれ以降、魔王が世界を闇で覆った後のことになる。


「実質ナンバー2だぞ、ふたりは。

 それなのに、なんにも反応ねぇってのはどうなんだろうな」

「……やっぱ副団長と次席じゃねぇか」

「あ……」


 バルブロさんの言葉でようやく失言だったことに気付いたようだ。

 まぁ、いまさら隠したところで意味はないんだが。


 そもそも隠し通せるものでもないし、何よりもこいつは隠し事が苦手だ。

 俺も一条のことは言えないが、それでもこれは少し迂闊にも思えた。


「……わりぃ」

「話すつもりだったんだから、問題ない」

「何のことだ?」


 ヴァルトさんは訊ね、俺はバルブロさんとの経緯を話した。

 さすがの彼も、王都に入る直前で仲間になったことには驚いたようだ。


「……物好きなやつもいたもんだ……」

「誉め言葉として受け取っておく」


 ふたりは面識がないみたいだな。

 まぁ、ヴァルトさんは王宮勤めらしいから、知らなくても不思議じゃないが。


「あの横柄な男は、街門でしか仕事をしてないんだろ。

 だからそれ以外の情報を知らないし、あの手のやつは興味すら持たないだろ」

「……お山の大将かよ、あの野郎……」

「前々から噂はあったらしいが、第五部隊の兵士長は事を荒立てたくないやつで、なんとか穏便に解決できないかと抱え込んでいたようだぞ」

「……ああいう勘違い男はどこにでもいる。

 クリスティーネ様もお優しい方だけど、あの手の男にはかなり辛辣な対応を取ってくださるから、魔術師団には表立って行動する団員はほとんどいない」


 王国魔術師団のトップか。

 どんな人なのかはレイラが慕う姿から良く分かる気がする。


 レフティ・カイラも人格者らしいから、協力してくれるといいんだが。

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