第297話 感謝以外の言葉が出ません

 管理世界にぽつんと佇むふたりは、勇敢な若者たちがいた場所を見つめながら話した。


「……寂しく、なりますね……」

「……そうですね。

 でも、この世界で過ごした日々を、かけがえのない経験と仰いました。

 一方的に呼び寄せ、世界を救うことを望んでると知った上で、それでも剣を取り戦う道を選んでいただけたことに、私は感謝以外の言葉が出ません」


 この世界は、立ち上がった英雄たちのお陰で良い方向へと歩み始めた。

 同時に、女神アリアレルアがいれば異界からの侵略者に対する防壁を構築することが可能になるため、世界の平穏は現在よりも遥かに保たれると言えるだろう。


 "魔王"のような存在など、今後一度たりとも地上に降り立たせてはならない。

 アリアレルアは、強い覚悟で誓うように決意した。


 ……しかし、今回の一件は最悪の事例と言えた。

 いくら女神が管理する前の世界とはいえ、あのような存在の侵入を赦すとは完全に想定外だった。


 "先見"の力を有するアリアレルアだろうと視えなかったことが意味するのは、人からすれば絶大とも言える彼女の力を上回る存在だと証明したも同義だ。


「……やはり私の力では、元凶を倒すことなど不可能なのね……」

神々の敵・・・・、ですか……」


 血の気を引かせながら、エルネスタは答えた。


 人ではその場に立つことすら許されないだろう神々の戦い。

 それこそ、神話に描かれた終末を彼女は連想してしまう。


 当然、地上に伝わる神話や伝説の類は、すべて創作物だ。

 それでも、似たような状況に陥っているのだと、彼女は世界を管理する立場となるのを決めた日に聞いた。


 正直に言えば、事があまりにも大きすぎて全容が掴めない。

 彼女はただただ血の気を引かせることしかできなかった。


「……この世界にも侵略者は現れました。

 目的がアリアレルア様への攻撃だとしても、私にはその真意を測りかねます。

 星と同じ数だけ世界が存在し、そのひとつひとつに命が住まうと聞きました。

 大いなる神々も、それぞれに世界を護るために力を尽くしてくださる、とも。

 敵の真意が何かは別として、神々に弓を引く行為をすればどうなるのか。

 そういった、一般論や常識には当てはまらないような相手、ということなのでしょうか……」

「そうですね。

 友人からの情報によれば、これまでいくつもの世界に手を出してるようです。

 それも元凶が表に出ることは一切なく、人の子はもちろん世界の管理者にも気付かれないように暗躍しているのだと」


 ……何の目的のために。

 なんてのは、どうやら愚問のようだ。


「……整合性がまったくありません。

 本当に愉快犯とも言えないような、理解の範疇を超えた存在のようですね……」


 エルネスタは、女神から鋭い気配を感じた。

 これは、アリアレルアだけに限った話ではない。

 いくつもの世界の神々が彼女と同じように憤ってる。


 それだけのことをし続けている相手だ。

 そう遠くないうちに神々が手を下すのだろう。

 普段のアリアレルアからは想像もつかないほどの激しい怒りを肌で感じながら、エルネスタは息を呑む。


 そんな時だった。

 別の気配を管理世界の上空に感じ取った彼女たちは、空を見上げた。

 ガラスが割れたような甲高い音が耳に届き、何者かが強引に入り込んだ。


 まさか敵だろうか。

 そう思ったエルネスタだが、侵入者から発せられる声に気が抜けたような表情へと変えた。


「とあーっ」


 やって来たのは、白いドレスを身に纏った女性。

 美しい金糸にも思える長い髪を揺らしながら、彼女は体を大きく回転させながら管理世界に降り立った。


「しゅたっ」


 綺麗に着地を決めた女性が、敵ではないことだけは明らかだった。

 身体が淡い光で覆われてることには驚きだが、それでもエルネスタには彼女がアリアレルアと同じ女神にしか見えなかった。


「まだ結界は弱いかしら?」

「あれ!?

 華麗に着地したのは無視されちゃうの!?」


 女性は涙目になりながら驚いた。

 きっと何度も同じようなことが繰り返されているんだろう。

 エルネスタはそう感じ、邪魔にならないように口を噤む。


 とても美しい方だと彼女は思う。

 緩やかにウェーブのかかった、ふわふわと揺れる金髪。

 宝石をはめ込んだかのような碧の瞳に、透明感のある肌。


 まごうことなき女神だと理解できたのは容姿だけではなく、彼女がアリアレルアと同じように慈愛に満ちた眼差しをしていたからだった。


 ちらりとエルネスタへ視線を向ける、金髪の女神と思われる女性。

 彼女を見ると花が咲いたような笑みを浮かべながら言葉にした。


「あら、もしかして新人さんかな?」

「はい。

 エルネスタと申します」


 軽く頭を下げながら、エルネスタは女神と思われる女性へ挨拶をした。


「そかそか。

 優秀な人材が揃ってきたね、アリアちゃん!」

「そうね。

 彼女が管理者に加わってもらえたお陰で、より安定するわ。

 それよりも……」

「えぇ。

 経過報告よ」


 急に真面目な表情へと変えた金髪の女神に、どきりとした。


 彼女は何らかの力を発現させた。

 アリアレルアはそれを触れずに受け取ったように見えた。


「……なるほど。

 これで、いよいよ追い詰められるのね」

「でもまだ足りないの。

 どうしても力が不足してる。

 あの子が力を覚醒させれば話は変わるけれど、あまりに急激な力の変化はさせたくないのが正直なところね……」


 彼女の言葉に、頷きながら納得するアリアレルアは答えた。


「目覚めたばかりなのだから、少し時間を置くべきかもしれないわね」

「私たちもそう判断したの。

 だから、しばらくはお休みをあの子に取ってもらう方向で決まったわ」


 そして彼女たちは、核心に迫る未来の話を始めた。

 それはエルネスタを驚愕させる内容ばかりが含まれ、彼女はまさに神々の戦いがそう遠くない時期に始まるのだと確信する。


 この世界は"リアディール"として平穏が保たれても、根本的な問題は解決していないのだと、エルネスタは深く考えさせられる話が女神たちから交わされる内容から察した。

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