第298話 祝福された世界で
ハルトとカナタが世界から離れて、しばらくの後。
"リアディール"として女神の祝福が与えられた世界の至る場所へ、幾億もの光源が現れた。
雪のようにゆっくりと地上へと向かい、ふわりと宙を浮くように止まった色とりどりの美しい光は、徐々に人の姿へと変化させた。
置かれた状況がまるで掴めず、呆けるようにその場に立ち尽くしながらも、この世で最も恐ろしい悪夢を見させられていたようだと、人々はこれまで自身が感じたことを振り返るように思い出す。
空から降り注ぐ花びらのような白銀の光へ、世界中の人が意識を向ける。
建造物をすり抜けるように降る淡く光る美しい雪は、触れた者がそれぞれ抱えている病気と怪我のすべてを治療した。
それは、どんなに重いものでも。
たとえ医者が匙を投げたほどのものでも。
等しく正常な状態へ戻ったと確信した。
驚くことしかできず、目を丸くしたまま世界中の人々は呆然と空を見上げる。
そんな人々に大きな変化が出始めるのは、それから間もなくのこと。
世界に何が起こったのか、自身が何をしていたのか。
前も見えないほどの深い深い霧の中を、彷徨うように歩き続けた200年。
絶望とも表現するには足りないほどの地獄を、彼らは思い出した。
同時に、破滅が刻一刻と迫っていた世界を救おうと立ち上がった、ふたりの勇者の姿が脳裏に映った。
10英雄が破れるだけでは済まず、世界が闇で覆われたことで自身に一定期間で記憶が消去される"呪い"をかけられた事実を、世界中の人々は今になってようやく知ることとなった。
そして、魔王との戦いも。
世界中の達人が束になっても傷つけることすらできない存在を前に、彼らは臆さずに立ち向かい、誰もが成し得なかった偉業を達成した。
それが、どれほどの悲願であったのか。
200年もの地獄のような歳月を正確に知るのは、極々限られた者たちだけだ。
その中でも、最悪と言っていいほどの影響を受けた者がふたり、ラウヴォラ王国を象徴する王城の謁見室へ降り立つように顕現した。
激戦を物語る痕跡は、これまで体験してきたものすべてが悪夢ではなく、確かな現実であったことを証明するものだった。
であれば、彼ら自身の行く末がどうなったのかも、夢などではないとふたりは確信した。
「……お、おぉ……。
まさか、こんな……こんな、ことが……」
「……神とは、本当に慈悲深いお方なのだな……」
呟くように言葉を発したふたりの男性。
彼らに残る最期の記憶は、魂が崩壊しかけた瞬間だったはず。
それなのに、こうしてまた地に足を付けている。
魔王の闇によって膨れ上がった肉体で、玉座に座らされ続けた200年。
どれだけの恥辱にまみれようと、決して手放さなかった"希望"。
それが報われた瞬間にも思えた。
「……ロイヴァス国王陛下……。
再びお会いできて、光栄にございます……」
「うむ、息災で何よりだ。
だがまずは、挨拶などよりもするべき事がある」
そう言葉にした国王は膝をつき、胸に手を当てながら首を垂れた。
横にいる大臣も王と同じように、この世界において最上の敬礼をした。
「ハルト様、カナタ様。
ラウヴォラ王国を治める者ではなく、この世界に住まうひとりの者として、心からの感謝をあなた様方に捧げます」
「世界を救ってくださった異界の勇者様方。
おふたりの勇姿が永劫の時を語り継がれるよう、最善を尽くします」
決して伝わらない、けれど想いだけでも届いて欲しいと心から願うふたりは、しばらくの後に白銀の雪が収まるまでの間、謝意を表し続けた。
この日、世界中の人々が、等しくふたりに感謝を捧げた。
ある者は、涙を流しながら。
またある者は、何もできなかった自分に情けなく思いながら。
そしてごく一部の者は、真実を知らずに世界を救おうとした英雄たちへ牙を剥いた己を酷く恥じながら……。
世界は等しく優しさに包まれる。
同時に、世界を救った勇者たちは、本来いるべき場所へと帰ったことを知る。
そう感じられたのは、今もこうして優しく振り続ける温かな光に触れたからなのだと確信しながらも、自分たちはただただ救われただけなのだと申し訳なさすら感じた。
時を同じくして、王城の庭園に降り立つ英雄たち。
女神アリアレルアの計らいなのだろう。
世界を救ったのはハルトとカナタのみとなっていることに笑みを浮かべながら、英雄たちは深く感謝した。
そうでなければ世界のどこに行こうとも、望んだ暮らしなどありえない。
自由に生きることも、平穏に暮らすこともままならず、世界中の人々から英雄として称えられるだろう。
そんな暮らしなど、ハルトとカナタを支えた彼らが望んでいるはずがなかった。
便宜を図ってくれた女神に深く感謝しながら、旅立ってしまった大切な仲間たちとの思い出に浸っていた。
この一件が落ち着いた頃、勇者と行動を共にした英雄たちの存在に城内は騒然とするが、ロイヴァス王によって緘口令が直ちに敷かれ、王国騎士団長であるレフティを始めとする国の中枢に在籍した英雄たちだけではなく、ヴェルナたちの情報が外部に漏洩することはなかった。
「……もう、帰った頃かな、ハルトとカナタは……」
「どうだろうな。
案外、まだ管理世界にいるかもしれねぇな」
笑顔でありながらも、どこか涙しそうなほどの複雑な表情で、女性冒険者と男性冒険者は言葉にした。
空から降る"想いの欠片"にも感じられた白銀の雪を眺める9人の英雄たち。
世界中の人々が心からの感謝の意を示している中、共に戦った彼らは誇らしげに空を見上げ続けた。
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