終章 終わらない明日へ

第299話 共にあろうと

「それでそれで!?

 ゆうしゃカナタさまとハルトさまは、どうなったの!?」

「ふたりの勇者様は、悪い悪い魔王を倒し、世界を救ってくださったのよ」


 目を輝かせながらベッドへ横にった少年へ、満面の笑みで母親は話を続けた。



 ハルトとカナタがリアディールを去って、5年の月日が流れた。

 世界には彼らが待ち望んだ安寧が、今も変わらずに続いてる。


 それもすべては管理世界で努力を続ける女神と使徒たちの力があってこそではあるが、その事実を知る者はこの世界でも極端に限られる。


 だがアリアレルアを含め、神と自称する者たちは便宜上そう名乗っているだけで、実際に人々から信仰の対象になろうとは思っていない。


 確かに神々は人にできないほどの絶大な力を持ち、神によっては星の創造すら可能とする、文字通りの次元を超えた存在だ。

 だからこそ、力の使い方には細心の注意を払う者が多い。


 しかし、そうではない者も確かに存在するのが現実だ。

 人の魂を道具とすら見ていない、最低最悪の害悪。

 ただただ己が悦に浸るためだけに尊い魂を利用する生命の敵。


 そうして世界に悪意を振り撒いたのが、人々から魔王と恐れられる存在だ。


 世界に住まう人々は、それを物語に登場する悪しき者と重ねて認識したが、正確に言えば、あれは最悪な存在が送り込んだ尖兵に過ぎない。


 その真実を知る者は神と人から呼ばれる存在と対面した英雄たちと、同じように立ち上がった彼らの仲間たち極々少人数のみに限定される。



 人々は、安寧の日々を送っていた。

 200年もの長きに渡り、魔王に魂を束縛され続けた者たちから新たなる世代を授かり始めた昨今、勇者たちへの想いにもわずかな変化を見せつつあった。


 ……あの忌まわしい、世界に闇が覆い尽くした日。

 人々は何もできず、魔王に魂を掌握された。


 それがどれだけおぞましい用途に使われたとしても、世界に住まうほぼすべての人たちはその事実に気づきもせずに利用され、魂ごと消滅していただろう。


 噂として囁かれる、ふたりの勇者と行動を共にした英雄たち。

 その詳細は現在も明かされていない。


 しかし、彼らは魔王に立ち向かったのではないかと人々は推察しながらも、自分ならばどうするのかと、安寧の日々を過ごす中で真剣に考え始めていた。


 魂を掌握されてしまえば何もできない。

 だが、それでも立ち上がり、つるぎを持った英雄たちが本当にいたとすれば?


 農具や簡易的な調理器具くらいしか持ったことのない自分にも、何かができたのではないか。

 もしも同じような事があれば、今後こそ勇者様と共に立ち上がろう。

 ただただ自身の未来を委ねるのではなく、できることを精一杯しよう。


 そう心に誓う者たちが、世界中のあちこちに出始めた。


 無力な自分には何もできないと悲観するよりも、自分にできる精一杯をすればいいと考えた者たちの心は、英雄と同じ強い決意を確かに感じさせた。



 幼い少年を寝かしつけた母親は窓から空を見上げながら、同じことを考える。

 それが、それこそが、異界から召喚され、自分とは何の関係もない世界を救ってくださろうと行動した勇者様にできることなのだと。


 結果的に世界は救われ、勇者たちはこの世界を去った。

 しかし、心からの感謝を尽くしても、その想いが伝わることはない。


 当然、彼らは世界中の人たちに褒められたくて武器を持ったのではないし、たとえ対面したとしても"自分がそうしたかったからだ"と断言するだろう。


 それでも、唯一魔王の脅威から町を護り通し、世界のためにと立ち上がったリヒテンベルグに住まう民のように、きっと何か自分にもできたはずだ。


 空を見上げる女性だけではなく、世界中に同じような思いを胸に秘めた者たちは決意を固める。


 今度こそ、勇者様と共にあろうと。



 帰還を果たしたハルトとカナタは知る由もない。

 自身が世界に何をもたらし、彼らの何を救ったのかを。


 彼らはただ、赦せなかっただけだ。

 魔王の存在も、その価値観も。

 赦せなかっただけだ。


 もしも彼らがこの場にいれば、こう答えるだろう。

 きっと即答でもって返したのではないだろうか。


 "俺たちは、俺たちのできることをしただけだ"、と。


 だからこそ、今度こそはと救われた人々は決意を固める。

 自分だって精一杯の何かをすれば、それは魔王と戦うことを意味するはず。


 平和を肌で感じ、幸せを噛みしめるのではなく、安寧を望むだけでもない。

 どんな形であっても立ち上がることさえできないのであれば、それはとても虫のいい話に思えてならなかった。


 一方的に呼び寄せ、世界が救われることを懇願するだけではならない。

 そのような礼節の欠片も感じさせない恥さらしであってはならない。


 立ち上がるべきなんだ。

 どんな形であっても。


 それを今回の一件で明確に自覚した人々は、救われた世界の安寧に喜びつつも、この世界を去ったふたりの勇者と共にあろうと心に誓った。

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