最終話 終わらない明日へ

 目覚めるような感覚を肌で感じ、俺は瞳を開く。

 視界には、懐かしい町並みが広がっていた。


 じわりと纏わりつくような太陽が照り付ける中、戻ってきたんだと自覚した。


 俺の横には、共に戦った勇者がひとり。

 埃っぽさが鼻を刺激する世界に、苦笑いが出た。


「……そっか。

 空気、こんなにも違ったんだな……」

「ここと比べたら、公害なんてほとんどないような世界だったからな」


 じきに慣れるだろ。

 そう思うのは、この世界に住まうひとりとして情けないと感じるが、それでも俺たちはこの世界で生きていくことを決めた。


 それは誰のためでもない、自分がそうしたかったからだ。

 空気が淀んでいるからといって、決意が揺らぐことはない。


「……にしても。

 ……ここ、どこだよ……」


 一条の言葉に周囲を見回そうとする。

 直後、懐かしい声が耳に優しく届いた。


「春人?」


 背中に温かさを感じ、そちらへと振り向く。

 そこには、俺の記憶と相違ない姿の女性が立っていた。


「……佳菜」

「どうしたの?

 まるでずっと会ってなかったみたいな顔してるよ?」


 笑顔で答える佳菜の言葉に、違和感を覚えた。


「佳菜、今は何年の何月何日だ?」

「どうしたの、春人」

「答えてくれないか?」


 首を傾げながらも、佳菜は教えてくれた。


「今日は令和3年の、9月24日だよ」

「……そうか。

 じゃあ、あの日からほぼ時間が経っていないんだな」

「あの日?」


 アリアレルア様の粋な計らいか、それとも地球を管理する神からの贈り物かは分からないが、少なくとも俺たちは異世界に召喚されたと記憶してる日から、まったく変わらない時間に戻って来れたようだ。


 外を歩く佳菜が学生服であることからも、通学途中なのは間違いなさそうだ。

 確かこの日は用事があって、珍しく佳菜とは別行動をしたんだったな。


 そういえばと見返してみると、俺たちも学生服を着ていた。

 同時に、一条の制服に見覚えがあることに意識が向く。


 召喚された当時は気付きもしなかったところを考えると、内心では相当焦っていたのかもしれないな。


「……お前まさか、隣の高校だったのか?」

「そうみたいだな!

 まさかこんなに近くにいたとは思ってなかったぜ!」

「春人の新しいお友達?」

「ちげぇ!」

「違う」

「えぇぇ?」


 きょとんとしながら、佳菜は戸惑った。

 そんな関係に見えたのも仕方ないとは思うが。


 ふと、ズボンのポケットに違和感を覚えた俺は確認する。

 そこには、ヴァルトさんからもらったキュロ銀貨が1枚入っていた。


 これは確かに使ったはずの硬貨だが、汚れ方や付いた傷に見覚えがある。

 俺たちが過ごしていた日々が幻ではない現実だと教えてくれたんだろうか。


「見たことのないコインだね」

「鳴宮……こいつは……」

「あぁ、そうだな」


 ……本当に、色んなことがあった。

 すべてが楽しい記憶じゃないけど、それでもあの世界で旅ができて良かったと本心から思いながら、俺は銀貨を指で真上に弾いた。


 回転するコインは、空に溶け込むように光の粒子となって消えた。


「……いいのかよ?

 記念品になったのによ」

「異世界の物は持ち込まないほうがいい。

 それに、この世界にも神様が存在する証明になったろ?」

「そうとは限らないだろ。

 アリアレルア様かもしれねぇぞ」

「いや、それはない。

 この世界に干渉するには、この世界を管理する神でなければならないはずだ」


 であれば、答えはひとつだ。

 まさか、こんな形で"神の存在証明"ができるなんてな。


 不思議そうに空を見上げた佳菜はこちらに向き直り、いつもと変わらない笑顔で訊ねた。

 その姿にとても懐かしいと感じながら、俺は優しい声色で答えた。


「お話、聞きたいな」

「あぁ。

 話したいことが、たくさんあるんだ。

 一日二日じゃ語り尽くせないほどの話が……」


 俺が誰と出逢い、仲間たちと何を成したのか。

 それを、佳菜には聞いてもらいたいと思うんだ。


 俺たちがしてきた、長い長い旅の話を。



「……そんで。

 これからどうするよ?」


 思いがけない言葉が一条から飛び出した。

 呆れながら俺は答えるが、それにも強く反論されたことに驚いた。


「どうするも何も、学校に行くだけだろ?」

「そうじゃねぇ!

 これからお前んちに行こうぜって言ってんだよ!」

「……お前、風邪でも休んだことないのが自慢って言ってただろうが。

 そんなことで学校を休んでもいいのか?」

「そんなことじゃねぇ!

 今できることを優先してるだけだ!」


 ……こいつ、俺の都合はお構いなしだな……。

 出逢った頃に戻ったようにも思える我儘を押し通す気か?


「お前は良くても俺たちはダメだ。

 道場に行くつもりなら放課後にしろよ」

「……ぐぬぬ……わかった……。

 けど学校終わったら絶対行くかんな!

 これからはお前のホームで勝負してやんよ!

 真剣じゃ戦えねぇが、木刀ならお前を本気でぶっ叩けるからな!」


 一条の言葉に、俺は目を丸くした。


「……これからはって……。

 まさか、一葉流うちに入門する気なのか……」

「ったりめぇだ!

 お前と俺の差は"経験の差"だ!

 強さの秘訣も道場にあんだからな!

 同じ経験をお前の何倍も積めば絶対に追いつける!

 そん時のお前の呆けたツラを拝むのが今から楽しみだぜ!

 ぶははは!!」


 魔王よりも魔王らしい笑い声をあげる男に、俺は深いため息をついた。


 ……ったく。

 何が楽しくて、そんな豪快に笑ってるんだよ……。


 本心からそう感じていると、佳菜はくすくすと笑いながら言葉にした。


「よかったね、春人。

 素敵なお友達が増えたね」

「友達じゃない」

「ダチじゃねぇ!!」

「えぇぇ?」




 ――20年後も、俺たちは似たようなやりとりをする。


 俺は一葉流を受け継ぎ、一条は新たに道場を立ち上げて独自の道へ進み、それぞれ別の場所で己を高めるために研鑽を積み続けた。


 お互い子供を授かった頃から会う機会は自然と減ったが、それでも3週間に1回は公式に試合をする、"よくわからない謎の関係"が途切れることはなかった。


 年頃の子供たちに呆れられながら、俺たちはこれから先も同じようにぶつかり続ける。


 俺の娘も一条の娘も物心がつく前から一緒にいて、気が付けば互いを高め合う良きライバルになったが、俺たちのようにいがみ合うことは一度としてなかった。


 子供は親の背中を見て育つっていうくらいだ。

 馬鹿なガキどもを冷めた目で見ながら、自分たちはこうなるまいと心に誓っているのかもしれないな。



 妙な因縁か、それともただの腐れ縁か。

 言葉では言い表せない不思議な関係になれたのは、間違いなくこの日からだ。

 ともかく、親友とはとても呼べない"悪友"のような関係が始まった。


 少なくとも俺は一条を親友だとは思わないし、一条も俺を親友と呼ぶことは生涯なかった。

 俺たちはきっと、そういった月並みな関係にはなれないんだろう。


 互いに馬鹿やって、家族に呆れられながら何度も何度も衝突を繰り返す。

 結局、一条が勝つことは一度もなかったが、最後には悪態をついて次の勝負の話を持ちかけ、豪快に飯をかっ食らって酒を飲みながら騒ぎ散らかす。


 そんなガキみたいな関係を、俺たちはこの先、何十年と繰り返すことになる。



「――おら、さっさと行くぞ!

 今度こそぶっ潰してやんよ!!」

「行くのは道場じゃなくて学校だ。

 それにお前は他校だろうが。

 ついでに、何度聞いたか分からないセリフだな、それ」

「うっせえ!!

 放課後でもなんでも待ってやんよ!!」

「分かった分かった」

「やっぱり、お友達だよね?」

「違う」

「違げぇ!!」

「えぇぇ?」


 疲労感を吐き出すように深くため息をつきながら、俺は懐かしさを強く感じる見慣れた道を最愛の人と歩き始める。


 今後50年以上続く関係を持つことになる、とても厄介な男を連れて。



 そんな関係もそれなりに・・・・・悪くないと思えたのは、お互いがジジイになってからになるが、それを俺から話すことは絶対にないだろうな。

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『スキルなし』を理由に王都追放されたが、正直どうでもいいので自由に異世界を旅してみる しんた @sinta0115

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