第296話 心の底から感謝した

「そんじゃ、そろそろ俺らも帰るか!」

「そうだな」


 一条の言葉に、俺は頷きながら答えた。

 長居しても未練ばかりが残るだけだからな。


「おふたりには感謝の念に堪えません」

「よしてくれよ!

 "俺らは俺らのできることをしただけ"、だろ?

 なぁ、鳴宮」

「あぁ。

 一条の言う通りですよ」


 俺たちの答えに、女神様は美しい笑顔を見せた。

 きっと、アリアレルア様とエルネスタさんたち管理者がいれば、世界はもう大丈夫なんだと思えた。


「ハルト様、カナタ様。

 心からの感謝をおふたりに捧げます」

「ばあちゃんのほうこそ、ありがとな!

 もう一度会えて、本当に嬉しかったよ!」

「こちらこそ再びお会いできて、とても嬉しかったです」


 嬉しそうに、けれどもどこか切なそうにエルネスタさんは答えた。

 彼女ほどの立場ともなれば、一条のように接してくれる人は極端に限られるはずだから、屈託のない笑顔を見せ続けたこいつに救われることも多かったのかもしれないな。


「……ほんとはさ、もっとたくさん話をしたいとこだけど。

 この世界に長くいるとみんなの様子を見たくなるから、俺たちはもう帰るよ」

「……カナタ様」

「ま、暗いのはナシだ!

 俺たちは世界を救った"勇者"だからな!

 勇ましそうな感じで帰ろうぜ!」


 ……どんな感じなのか、いまいち分からない表現だった。

 それでも、一条の言いたいことは大体理解できた。

 こいつとも付き合いが長くなってるからな。


「そういや、さ。

 例の"奇跡を体現する女神様"には逢えるのか?」

「彼女は現在、コアの修復をしながら改変のための媒体を思案中です」

「……現在進行形なのか……」


 若干、呆れたように答えるが、俺たちが想像したこととは違うようだ。


 コアを覆い尽くすように創り変える予定ではあったが、問題はその媒体となる大樹が星の中心から地表まで飛び出る形で現れることが少々問題となっていると、アリアレルア様は話した。


 世界のどこからでも見えるかのような巨大樹を人里離れた場所に出すべきなんだが、そもそもこの世界はそこまで大きくもなく、最果てと呼ばれる場所でも言うほど離れていないため、圧迫感を与えてしまう可能性があるとのことだ。


「せっかく世界を創り変えますし、何よりも一度きりの創生になりますから、中々悩ましいと彼女は現在も悩んでいる最中なのですよ」

「……随分と悠長なことしてんな……」


 実際、地上の浄化にはそれだけの時間がかかるようだ。

 残念ながら魂だけの存在であるヴェルナさんたちは、早急に保護する必要があるとアリアレルア様は続けた。


「随分と魂が疲弊していましたので、完全に回復するまで地上に戻すことは避けなければなりません」


 その間のいとまを使っているのなら、悠長なんて言葉は不適切だな。


 そもそも俺たちには創生なんて、想像すら難しい。

 宗教上の理由もあって理解しづらいんだろうな。


 ともあれ、みんなの"その後"を見ることは叶いそうもない。

 まぁ、一条の言うように、話を聞くだけでも未練が残りそうだ。


「勇者様方、この世界を救っていただき、本当にありがとうございました。

 今後この世界は"リアディール"として生まれ変わり、私が管理者として見守り続けます」


 もちろん、世界を管理するのはアリアレルア様だけじゃない。

 エルネスタさんや10英雄、もしかしたらレフティさんやクリスティーネさんが天寿を全うしたのちに参画するかもしれないな。


 彼女たちは聡明で、心身ともに卓越した人たちだ。

 いずれアイナさんやレイラとも管理世界で再会する、なんて未来もありうる。


 いや、俺たちに関わった多くの人なら、その可能性は十分にあるんじゃないだろうか。

 アウリスさんやハンネスさんも、その資格は十分すぎると俺には思えた。


 そうして管理世界には優秀な人たちが集まり、世界を文字通りの意味で護り続けるんだろう。

 それは決して人の目に留まることもなければ、感謝されることもない。


 けれど、世界を護りたいと心から想う気持ちは、何かをしてもらいたくてするんじゃないからな。

 俺たちが出会ってきた人の多くは、感謝されたくて何かをするような仲間はいなかった。


 一条だってそうだ。

 初めこそ感謝されたくて勇者になりたいのかと思ったが、そうじゃなかった。

 こいつはこいつなりに感謝されるような"立派な勇者"になりたかったんだ。

 実際に人々から感謝されても、困るようなやつだからな。


 感謝されたいんじゃない。

 誰かに何かをしてもらいたいんじゃない。


 ただ、そうされるような英雄になりたかっただけなんだ。


 ……俺はどうなんだろうかと考える。

 しかし、いくら思案しても出てくる答えはひとつだ。


 目に映る人たちが幸せに暮らせばそれでいい。

 たとえ俺の存在が記憶から消えてしまったとしても、それはまた別の話だ。

 俺は、世界を救う偉大な英雄や、誇り高い勇者になりたかったわけじゃない。


「アリアレルア様、本当にありがとうございました。

 俺たちをこの世界に招いてくださったこと、心から感謝します。

 かけがえのない経験と仲間たちに会えたことは、生涯忘れられない最高の思い出になりますし、それは今後も正しく、真っすぐ進むための指針となるはずです」


 この世界に召喚されなければ、こんな気持ちにはならなかったと断言できた。

 だから、感謝以外の言葉が俺にはない。


 いや、一条も同じ気持ちのはずだ。

 ちらりと一瞥すると、誇らしげな表情をしているんだから、きっと同じなんだろうと思う。


 女神様が発現させた薄水色の柔らかな光に包まれながら、一条は言葉にした。


「じゃあな、エルネスタのばあちゃん!

 これからもずっと笑顔で幸せに、長生きしてくれよ!」

「はい、ありがとうございます、カナタ様」


 満面の笑みで答えるエルネスタさんに、床に臥した頃の姿とは明らかに違う覇気が見て取れたことに安堵した。


 きっと、もう大丈夫なんだろう。

 女神の使徒が、実際にはどういった存在なのかは想像することくらいしかできないが、それでもあれだけ気力が充実しているのなら、長生きどころではない時間を過ごせるようになったんだと、俺には思えた。


 薄れゆく意識の中、この世界に呼ばれたことを、俺は心の底から感謝した。

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