第133話 温かくなるんだよな

「……もう少し落ち着いて食えよ。

 誰も料理を取り上げたりしないぞ」

「すげぇな、鳴宮!

 俺、こんな美味いメシ食ったことねぇよ!」


 がっついてた一条は皿からこちらに視線を向けるが、そのきらっきらに輝いた瞳に嬉々とした表情を見ていると"あるもの"を連想した。

 そのまま言葉にすることはしなかったが、はっきりと答えたのはレイラだった。


「……子犬みたいで可愛いでしょ?」

「同い年の男に同意を求められてもなぁ……」


 答えようがないどころか、愚問だとすら思えた。


 確かに子犬を連想した。

 それも空腹で食事に飛び付く子犬を。


 当然、その姿を可愛いと思うはずもない。

 むしろ同級生として白い目で見ていたと思う。

 俺の溢れさせていた気配に気づかないふたりではないんだが、どうやらアイナさんも含め、そういった思考には向かないようだな。


「ごはんを食べている時がいちばん可愛いんですよねぇ。

 いつもは聞く耳を持ってくれないカナタでも、この姿を見ていると癒されます」

「……一個余ってるあたしのパン、食べる?」


 おもむろに一条の口元へ差し出すと、ぱくりとそのままかぶりついた。


 その瞬間、俺は理解する。

 あぁこいつ、"餌付け"されてるな、と。


「……ね?

 可愛いでしょ?」

「それは……いや、なんでもない。

 良かったな、一条」


 面倒を看てくれる飼い主・・・がふたりもいて、とはさすがに言えなかったが。

 ともかく、こいつがどういった生活をしてきたのか垣間見た気がした。


「ふはひあほえおおえあはああ!」

「翻訳できるやつ、ここにいるか?」

「……"ふたりは俺の嫁だからな"と、妄言を言い放った」


 そこは認められてないんだな。

 まぁ、普段の言動も見えたような気もするし、それも当然かと思えた。


「……むぐむぐ。

 お前はいないのかよ?」

「俺が見えないのか?」

「そういう意味じゃねぇよ!」

「冗談だ。

 いるぞ、日本に」

「へぇ、どんなやつだよ?

 お前のことだから、年下か幼馴染だろ?」

「なんでそう思うんだよ」


 とは答えつつも、一条の鋭さに内心では驚いてた。

 俺は隠し事ができないと父や佳菜だけじゃなく、佳菜の両親にもよく言われていたが、それでもこいつにまで分かるような顔の緩みは見せていないつもりだ。


 実際、それに気づかれるほど表情に出ないからな、俺は。

 "何を考えてるか分からない"と同級生に言われたこともある。


 ただの勘か?

 それとも野生の直感か?

 そんな馬鹿なことを俺は考えていた。


「ヴェルナが傍にいても興味示してねぇからな。

 こんなにイイ女がいるってのに、何も感じねぇのもどうかと思うぞ」

「お前、見る目あるじゃねぇか!

 "トルネル"奢ってやるよ!」

「ありがとよ!

 グランデで頼むぜ!」


 なんだかんだ仲良くなってるんだよな、このふたりは。


 不思議な縁だな、本当に。

 それに悪いやつじゃないのは平原の運動ではっきりしたからな。

 初めは興味すら湧いてなかったみたいだけど、ギスギスするよりずっといいか。



 トルネルとは、ストレムブラード王国特産の果物だ。

 そのままでは酸味が強く食べにくいが、熟成させてジュースや酒にすると甘さが際立ち、その芳醇な香りと相まって多くの人に好まれる。

 栄養価が高く、疲労にも効果的と言われるが、残念ながらこの国の固有種であるために周辺国では高価な果物として有名だ。


 色は透明度の高い薄青色で、いかにも異世界の飲み物だと俺には思えた。

 味と香りは柑橘系で爽やかさを感じるんだが、色の薄さとは違って濃い味をしてるのが少し気になった。


 思えば魔法薬も、効果が高くなるに連れて色が薄くなる傾向がある。

 疲労回復にも効果があるところから見ても、何かしら同じような影響を受けているのかもしれないな。

 まぁ、薬や薬草に関しては素人だし、現実には違うことも十分考えられるが。


「しっかし、ホントうめぇな!

 王宮のメシより遥かに美味いぜ!」

「ありがとうございます。

 気に入っていただけて嬉しいです」


 満面の笑みで一条の前にトルネルのジュースを置くヴェロニカさんから、とても嬉しそうな気配が溢れていた。


「……本当に美味しい。

 ラウヴォラ王国いちばんの料理人を超える美味しさ」

「暖かく、まるで包み込むかのようなお料理。

 どこかで食べたことがあるとも思える、とても懐かしいお味。

 ……不思議ですね。

 異国のお料理のはずなのに、心が温まる思いです」

「あー、それアタシも感じたな。

 なんて言うんだろうな、こういうの。

 上手く表現できねぇけど、胸があったかくなるんだよな」

「一応、この国の郷土料理ではあるのですが、味の統一感を徹底したこともあって随分と私なりの色に染まっているんですよ。

 なので、よそ様では食べられないお味かもしれませんが」

「……正直に言えばこの味を旅の間も食べたいところだが、再現するのはさすがに無理があるのが悔しいな。

 まぁ、手間暇を考えただけでも俺なんかにゃ作れねぇけど」


 同じ素材、同じ調理法で同じ料理を作ったとしても、確実に別の味になるだろうなと確信するのがヴェロニカさんの技術の凄いところだ。


 恐らく、この味を出せるのはヴェロニカさん以外には存在しないはず。

 そう強く思えるほどのオリジナリティーが溢れる、言ってみれば彼女の"最高傑作"のひとつと言える料理を食べさせてもらえているのかもしれないな。

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