第134話 理解できなかった

 一条の食事ペースが若干落ち着いた頃合いを見て、これまで気になっていたことを訊ねた。

 俺が王城を追放された後もそうだが、勇者として何をしていたのかもいつかは聞いてみたいと思ってたからな。


 だが一条の話からは、驚きの感情しか湧いてこなかった。


「……んで、"今はまだその時ではないです"なんて騎士団長に言われて、結局あれから3日は城を出られなかったんだよ。

 まぁ、美味いもん食わせてもらってたし、自由に城を散策できたけどな。

 アイナとレイラのふたりとも、その時に会ったんだよな!」

「ラウヴォラ王国の騎士団長?

 確か、レフティ・カイラって女性のことか?」

「なんだ、鳴宮も知ってるくらい有名なのかよ。

 すっげぇ美人の女騎士でよ、いつも綺麗な笑顔してんだ」

「へぇ、カナタがイイ女に反応しなかったのか。

 アタシはてっきり、そいつも嫁候補にしたと思ったよ」


 とても意外そうにヴェルナさんは言葉にするが、俺も同じことを考えた。

 一条にしては不思議にも思える行動だ、なんて言うのも失礼だったようだ。

 こいつにはこいつなりのモラルがあったみたいだな。


 ……この世界で重婚しようとしてるやつの言葉に、重みは感じられなかったが。


「レフティは人妻だからな。

 旦那はもちろん、子供もいたよ……」

「……そこでしょぼくれるのもどうかと思うが、お前が最低限のモラルを持ってるみたいで良かったよ……」


 本心からそう思えた。

 だがこいつにとっては違うらしい。

 無念さを感じさせながら、理解できない力説をした。


「良くねぇよ!

 あんなイイ女、他にはアイナとレイラ以外王都にゃ居ねぇんだぞ!

 子供がいるのはいいが、さすがに旦那付きのオンナには手が出せねぇ!」


 右こぶしを強く握りしめ、今にも血涙を流しそうな一条に一同は引いていた。


 この話題に付いて行きたくなかったんだろうな。

 レイラは馬鹿男の話を強引に逸らした。


「……出会った時のカナタ、凄くうるさくてしつこかった……。

 お陰で研究してた魔法論の構築も随分と時間をかける羽目になった……」

「悪かったって。

 でもよ、イイ女見つけたら声くらいかけるだろ、普通」

「……カナタの普通は、普通じゃない」

「その話を聞いてまさかとは思っていたのですが、騎士団にも来て驚きました。

 私の後ろをずっと付いて歩きながら話しかけ続けてましたよね。

 周囲の女性騎士からの評判もあまり良くなかったんですよ」

「マジかよ……。

 でもアイナ以外の騎士に興味ねぇし、どうでもいいか」

「大物だな、お前……」


 呆れたようにサウルさんは呟いた。

 こいつが勇者じゃなければ、牢屋で一晩過ごしていたんじゃないだろうか。

 まぁ、頭を冷やした程度でへこたれるやつとも思えないし、ぶち込んだところであまり効果的じゃないかもしれないが。


 しかし王国が何のために勇者を召喚したのか、首を傾げてしまった。


 それも3日間だけだったみたいだが、なぜ城に待機させていたんだ?

 草原で実戦経験を積ませるか、せめて本格的な訓練をするべきだろう。

 武術経験ゼロの勇者を王城から出さなかった理由が、俺には分からない。


 ……勇者を城から出さなかったのではなく、出せなかった?

 それとも、何かしらの準備に時間をかけていたのか?


 しかし、一条は大臣からではなく、騎士団長から出るなと言われていた。

 ここに"特別な何か"があっても不思議ではないが……。


 まさかとは思うが、洗脳なんて……。

 いや、それなら性格ごと変わってても不思議ではないし、違和感を覚えるような気配は微塵もない。

 アイナさんとレイラのふたりが付いているのに気付かないとは考えにくい。

 ふたりの様子からは、一条を監視するような気配もまったく感じない。


 そこまで王国の中枢が腐敗してるとも思えない扱いを受けてたみたいだが、それこそ怪しいとすら思えてしまう。

 ラウヴォラ王国を守護する任務に就けるために勇者を抱えようとしているのではと考えていたが、それも一条が他国であるストレムブラードにいる時点で消えた。


 それにレフティ・カイラは、かなりの人格者だと聞いた。

 王国騎士でありながら、そのつるぎは国民のために揮う人物だと言われてる。

 騎士である以上は王国に忠誠を誓っているはずだが、高潔と思える精神を持つ人が意味もなく王城に勇者を待機させる理由が理解できなかった。


 ……これは直接本人から聞かなければ分からないことだな。

 だとすれば、王都を追放された俺には調べようもないか。


 ともかく一条は放逐されたわけでも、ましてや王国から狙われて逃亡中ってことでもなさそうだ。


「おかわり!」


 近くを通ったヴェロニカさんに話す一条の様子から、これといって制限をかけられているわけでもなさそうだし、ひとまずは王都を離れてくれたことに安堵するべきか。


「はい、少々お待ちくださいね。

 みなさんはどうですか?」

「俺も同じものをもらう。

 ヴェルナも食うだろ?」

「あぁ、あたしも同じのを。

 それとパンも追加で頼むよ」

「私はもうお腹いっぱいなので、またの機会にさせていただきますね」

「……あたし、もう食べられない」


 レイラは小柄だからそんなに入らないだろうけど、アイナさんがあまり食べないのは意外だったな。

 騎士としての活動をしていれば、普段から相当量の食事が必要だと思うが。


 ……あぁ、そうか。

 腹八分に留めて、いつでも動けるようにしてるのか。

 騎士が腹いっぱいで有事の際に動けないなんてシャレにならない。

 ここが他国だろうと、そういった心構えは普段から変わらないんだな。


 どんなに穏やかな町にいても気を抜かない姿勢。

 俺も彼女に習って行動するべきだなと強く感じた。

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