第153話 俺にはそう思えたよ

 それから3日が過ぎ、順調にいけば残り2日となった乗合馬車での旅は、特に大きな影響もなく穏やかな日々を過ごせそうな予感がするほど静かだった。

 時折、街道近くの魔物を対処することはあっても、護衛冒険者のエリオットさんがすべて対処してくれた。


 今回の旅に同行したのは6人。

 俺たち3人と御者のエドガーさん、護衛のエリオットさんを入れると11名での大所帯となった。


 とは言っても、乗客は家族連れが2組。

 トムさんとダニエラさん夫婦に、長女のディーサと弟エディの4人家族と、アッサール、マリアンの新婚ふたりだ。


 やんちゃな弟を面倒見のいい姉が見守る日々は、見ているだけでも自然と笑みがこぼれた。


 エディはかなり強めに言わなければ言うことを聞かない幼い子だからな。

 ディーサも幼いながら随分と逞しい印象を受けたが、その両親はというとかなり大人しめの性格をしているようだ。

 強く言えない親に変わって面倒を看ているのかもしれないな。


 夕食後は決まって俺の隣にきて冒険の話を聞きたがるディーサとエディのふたりを見ていると、道場でもよく子供の面倒を看ていたなとどこか懐かしく感じられる思い出に浸った。


 聞けば、ふたりはまだ8歳と6歳らしい。

 でも将来になりたいものは、もう決まってるようだ。


 エディは父と同じ商人の会計士を。

 ディーサは母が勤める裁縫の世界に行きたいと、覇気のある瞳で言葉にした。

 弟は父の手助けを、姉は母に綺麗な服をプレゼントしてあげたいのだと、内緒話としてこっそり教えてくれた。


 遠巻きにこちらを見守る両親が微笑んでいることから、恐らくは分かった上で聞かなかったようにしてくれているんだろうな。

 とても微笑ましい家族に出会えたことに、心が温かくなった。


「……でもね、最近怪我ばっかりで、ちょっと落ち込んでるの」

「針は痛いよな。

 それでもディーサがお母さんのために頑張ってるのは、俺にも分かるよ」

「……ほんと?」

「ディーサの瞳は"諦めないぞ"って言ってるからな。

 努力家で真面目で、誰よりもお母さん想いのディーサが作った綺麗な服をもらえたら、きっと涙を流しながら喜んでくれると思うよ」

「……そう、かな……そうなのかな……」

「あぁ。

 だから大丈夫だ。

 その笑顔を見られることを思えば、痛みだって平気だと思わないか?」

「……うん、そうだね。

 あたし、がんばる!」

「ハルトお兄ちゃん、ぼくはぼくは!?」


 姉への対応が羨ましく思えたんだろうな。

 目を強く輝かせながらエディに訊ねられた。


「会計士ってのは、とても大切な仕事だって聞いてる。

 どんなことにお金を使ったのかを正しく調べて、お店をしっかり守らないといけないんだ。

 きっとエディが行こうとしてる道は、細かいことをする大変な仕事だと思うけど、そういったとても大切な仕事をお父さんは立派に続けているんだよ」


 エディはトムさんから算術を習い始めている。

 まだまだ良く分からないといった感じではあるが、それも今だけだ。

 きっと大きくなったら"自慢の息子だ"と人に紹介するようになるだろう。


 トムさん一家を見ていると、その姿が見えるような気がするんだよな。

 仲睦まじくもしっかりと繋がりを持ったいい家族だし、ふたりは何も心配することはないと俺には思えた。


 それに、たとえ違う未来を目指したとしても、きっと両親は笑顔で応援してくれるんじゃないだろうか。

 少しだけ離れた場所からこちらを優しい眼差しで見つめるふたりを見ていると、俺にはそう思えたよ。


 *  *   


 夕食後に大人たちと語らっていると、さすがに眠くなったのかディーサとエディは俺に体を預けた。

 今日も随分とはしゃいでいたし、疲れたんだろうな。


 電池が切れたようにことんと落ちる様子は、まるで子猫のようだ。

 そういえば、佳菜の家にいる子もこうだったのを思い出した。

 まさか人の子でそれを体験することになるとは思ってなかったが。


「あらあら、ごめんなさいねハルトさん。

 ちょっと子供たちを寝かせてきます」

「いや、大丈夫だ。

 夜中に潜り込んでくるだろうし、俺もそのまま寝ようと思う」

「すみません、今日もうちの子たちが……」

「かまわないよ。

 子供に懐かれるのは慣れてるからな。

 もう少しだけ頑張れるか?」

「……ん。

 がんばる」

「……」


 エディは半分寝てるな。

 頷くこともできずにいるようだ。

 寝る子は育つって聞くし、きっといいことだな。

 左手でエディを持ち上げると、ディーサは小さく言葉をもらした。


「……ぁ」

「おいで」

「うんっ」


 右手でディーサを支えると、申し訳なさそうにトムさんは話した。


「すみません、いつもいつも……」

「大丈夫だよ。

 昔から俺は子供や動物に懐かれやすいんだ」

「こうして見るとお父さんみたいだな、ハルトは」

「俺もいま同じことを考えてた。

 ハルトはいい親父になりそうだ」

「茶化すなよ。

 ふたりは俺のことを兄としか思ってないよ。

 心から尊敬してる両親がいるんだからな」


 静かに寝息を立てる子供たちを連れて、俺は寝床に向かう。


 今日もいい天気だし、周囲に魔物もいない。

 明日の朝までゆっくりと休めそうだな。

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