第154話 出会いと別れがあってこそ

「……ほら、そろそろ離れなさい。

 ハルトさんに迷惑でしょう?」


 まぶたをぎゅっと閉じながら、首をぶんぶんと振るディーサとエディ。

 随分懐かれたもんだなと思いつつ、体にしがみつくふたりの頭を優しくなでた。


「ごめんな。

 俺たちは旅の途中なんだ。

 だから、ふたりとはお別れしないといけないんだよ」

「……やだ。

 ずっといて、ハルトお兄ちゃん」


 震える声色で言葉にされると、さすがに堪えるな。


 それでも、別々の道を歩まないといけない。

 ずっと一緒にいることはできないんだよ。


「……本当にごめんな。

 でも、またどこかで会えるかもしれない。

 そういった出会いと別れがあってこそ、乗合馬車だと思うんだよ。

 だから今度馬車に乗った時は、俺と同じように話をしてくれる人と一緒になれるかもしれないだろ?」

「……ハルトお兄ちゃんがいい」


 困ったな。

 こんなに懐かれたのは本当に久しぶりだ。

 その時の子たちもこんな感じで引っ付かれて、佳菜に諭されるように離れてくれたんだよな。


 ここに佳菜はいない。

 だからといって蔑ろにはしたくない。

 ふたりの気持ちはとても嬉しいし、俺だって別れは寂しい。


 ……でも。

 それでも別々の道を歩むことになる。

 俺たちは冒険者で、旅人でもあるからな。


「……さあ、ハルトさんとお別れをしよう。

 これ以上引き止めたら、本当に迷惑になる。

 ハルトさんに迷惑をかけてはいけないことも分かってるよね?」

「……うん」


 トムさんの言葉に納得してくれたディーサだが、エディはまだ分からないよな。

 俺の腹にしがみつきながら、父の言葉を拒絶するように首を強く振った。


 ……そうだよな。

 まだまだ割り切れるような年齢じゃないよな、エディは。

 ちょっとずるい言い方になるけど、こう言葉にすれば分かってもらえるよな?


「エディ。

 お父さんのように頑張るんだろ?

 なら、エディの夢のためにも勉強しないといけないよな?」

「……うん」

「俺たちは世界を旅してるから、もう一度逢うことは難しいかもしれない。

 でもな、もしもう一度逢うことができたら、その時はいっぱい話をしよう。

 旅の話も冒険者の話もいっぱいして、それでまた夜には一緒に寝ような」

「……ぐすっ」


 返事の代わりに、首を小さく縦に振ってくれた。

 本当にいい子たちだな、ディーサとエディは。

 引っ付いていれば迷惑になることや、別れも避けられないと理解してるんだな。


 賢くて、少しだけ甘えん坊で、ちょっとだけわがままを言って。

 それでも俺の迷惑になることは避けたいと思ってくれる優しい子たちだ。


「ありがとうな」


 鼻をすすりながらも、ふたりは小さく頷いてくれた。

 これだけ慕われたことに嬉しさと別れに寂しさを感じる中、トムさんたち家族から離れた。



「聞き分けのいい子だったし、さすがに寂しくなるな」

「それでも俺たちは旅を続ける必要があるし、一緒にいればいるほど別れは辛くなるから、できるだけ早めに離れたほうがいいんだろうな」


 そう言葉にしながらも、内心で言い聞かせるように発言した自分に少し驚いた。

 俺としても慕ってくれるあの子たちと離れるのは辛いが、それも仕方ないと諦めるように対応したつもりだった。


 だが本心では随分とふたりを気に入っていたんだと、今更ながらに気づいた。

 思えば道場の子たちとは、稽古がなくても毎日遊びに来てたからな。

 もう会えないかもしれないと思えるほどの別れを経験するのは、俺もこの世界に来てから初めて知ったのかもしれない。


「ま、アタシらが生きてさえいりゃあ、会いに行けるさ。

 この町に住んでるんだから、適当にぶらついてりゃ会えるかもしれねぇしな!」


 確かにその可能性は十分に考えられる。

 限りなく低い確率だったとしても、ゼロじゃないからな。



「それで、アッサールとマリアンは新居探しか?」


 近くの宿屋へ向かいながら、一緒に歩くふたりへ訊ねた。

 彼らはふたりで住む家をこの町に購入する予定だと聞いた。

 長閑で、それなりに活気のある町は中々見つけ辛いと思うが。


「あぁ、そうなんだ。

 ここの中央区は賑やかだけど、少し外れると静かで落ち着きがある町並みになるんだよ。

 そこが僕もマリアンも気に入ってね。

 本格的な下見と、可能なら購入も考えてるよ」


 ある意味でヴァレニウスは賑やかだったからな。

 毎月釣り大会をしてるみたいだし、その前後となると湖周辺が慌ただしくなることもあって、彼らの新居としては難しいと判断したのだとか。


「となると、物件探しで商業ギルドに行くのか」

「えぇ、そうなの。

 色々見て回って、ふたりが落ち着いて暮らせる家を探そうと思うわ」


 そういえばアッサールは楽器職人で、マリアンは薬師見習いだったな。

 楽器職人の世界はまったく知らないが、結構腕のいい職人で人気も上々らしい。

 マリアンもある程度の知識を詰め込んでいるから、一般的な薬は材料と機材があれば問題なく作れる技術があるのだとか。


 当たり前ではあるが、この町でも職を見つけてから下見に来ているそうだ。

 さすがにそこまで無計画な行動を取れるほどの余裕はないだろうし、当然か。


「俺としてはフォルシアンの湖周辺にあるログハウスに魅力があるんだが、実際に家を買うとなると話は変わってくるよな」

「だね。

 そもそも水辺は問題事も多い。

 いくら湿気に強い木材でも痛みは早いから、長期的に住むのは難しい。

 休暇に数日借りるくらいがちょうどいいかもしれないね。

 それに僕は楽器職人だから、湖畔はさすがにいられないんだよ」

「そうか、湿気は楽器製作に大きな影響があるんだな」

「正直、劣悪な環境と言えるほど厄介なものなんだ。

 水音も聞いてるだけで穏やかになれるし、住むだけならヴァレニウスも居心地が良くて好きなんだけどね……」


 楽器職人としては難しい場所ってことか。

 人によってはあまり好ましくない環境なんだな。


「私としては素材も豊富で勉強にも適しているんだけれど、この町周辺にも多くの薬草が群生しているし、何も特別なお薬を作ることが薬師じゃないからね」

「確かにその通りだな」


 俺は頷きながら答えた。

 この国全土で豊富に採れる薬草や薬の材料となる素材は、何もフォルシアンの湖に固執しなくても十分に暮らしていけるんだろう。


 特に彼女は薬学と調薬にもかなりの知識があると聞いた。

 エドガーさんとの会話に途中から彼女も入って、様々な薬草について実物を見ながら教えてくれた。

 申し訳ないんだが、それを活かせる日が来るかも俺には分からないが。

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