第155話 異世界ならでは
アッサールが作っているものは、やはりと言うべきか少し特殊なものらしい。
思えば湿気が強い場所で制作してたくらいだし、何かあるとは感じたが。
「僕が作る楽器は特別なもので、魔力を帯びた音色を優しく奏でるんだよ」
それは魔楽器と呼ばれる物のひとつで、軽い付呪加工がされてると彼は話した。
だからこそ湿気の強い場所に完成品を置いても大丈夫なんだろう。
ただし、そう単純な話でもなさそうだ。
魔楽器として完成する前の工程では湿気が作品の良し悪しに大きく影響するようで、乾燥した空間を維持し続ける必要があるとアッサールは教えてくれた。
そのために、ある薬品を使うことで問題を解消していたらしい。
「フォルシアンの湖はとても澄んだ水が溢れていることもあって、動植物にも大きな影響を与えているんだ。
楽器に必要な木材は高品質で多くの職人に好まれる。
そういった意味で言えば、湿気があっても楽器職人の環境としては条件が良かったんだよ」
"リンドフォーシュ"と呼ばれるその樹木は加工がしやすく、楽器職人だけに留まらず木材を扱う多くの職人から重宝されると彼は話を続けた。
「楽器に適した材木は他にも多々あるし、リンドフォーシュも固有種じゃない。
でもね、フォルシアンの湖周辺に育つものは別格と言えるほど質がいいんだ。
湿気さえ対処すれば楽器制作自体は問題ないし、質のいい完成度に喜んでくれるお客さんが多いこともあってこれまで町を離れられなかったんだけど、その対策に結構な費用がかかるんだよ」
どこかやつれた様子で話す姿から、相当痛い出費なんだろうと思えた。
こういった時に便利だと思える電化製品も、当然のようにこの世界にはない。
逆に言えば魔法を活用したものはたくさんあるし、似たような効果を持つ魔道具も多いと聞く。
どちらが優れているかの話ではない。
どちらも独自の文明を持っているからこそ生み出された生活の知恵だと思うが、湿気対策ひとつを取っても異世界ならではだと感じた。
「それじゃあ、町を引っ越そうと思ったのはマリアンのためなのか?」
「半分、だけどね。
あの湖周辺には特殊な薬草が多く群生してるって聞いた。
でもマリアンの目指すものを考えると、ここに住もうって話で落ちついたんだ」
「湖の澄んだ水質はとても良くて、お薬も高品質に仕上がるわ。
でも、あの周辺に生えている薬草は特殊な病に効果があるものが大半なの。
私は"より身近に"多くの人たちのためのお薬を作りたかったこともあって、一般的な薬草が豊富に育つこの町で暮らしたいと思うようになったのよ」
その気持ちも良く分かる気がした。
ヴァレニウスには薬師だけでなく、薬の専門店も多いと聞いた。
医者のように患者を診る薬師もいるみたいだからな。
それに特殊な病に効く薬と言われてるが、見習い薬師でも制作できるらしい。
様々な理由からより安定した暮らしを望めば、自分たちにとっては引っ越すのがいいと判断したのだと、ふたりは笑顔で話した。
「住みやすい町を見つけられたのはいいと思うぞ。
アタシは酒が好きだからハールスとパルムを行ったり来たりしてたけど、別に長居するつもりもなかったからな。
ふらふらとあっちこっち行けるのも冒険者の特権だと思うけどよ、結局は自分の居場所が見つからずに歩き回ってるのと同じなんじゃねぇかと最近では感じてる。
自分たちの目的と一致して住みやすいと思えた町が見つかったふたりを、羨ましく思えたくらいだ」
珍しい言葉がヴェルナさんから聞けた。
あまり他者には共感しないとサウルさんは言ってたし、彼女も否定することもなかったが、俺たちとの旅でヴェルナさんの中でも何かが変化したのかもしれない。
「明日は大雨だな」
「もっぺん言ってみろ。
強めの拳で応えてやる」
「なんでもねぇよ。
らしくねぇことするからだ」
「だな。
アタシも言っててそう思った」
空に溶け込むかのような彼女の笑い声は、どこか心地良さすら感じた。
そう思えるのも、この国が持つ独特の穏やかな空気からなのかもしれないな。
穏やかな街道の中でも、多くの人が行き交うメインストリートを俺たちは歩く。
元々は5時間ほど北に歩いた平原に小さな拠点のストレームホルムが造られ、この町まで街門で覆うように囲ったことでひとつの巨大な町となった。
平原だった町と町の間を広大な農地として活用されるようになり、世界でも随一の農業都市とも呼ばれるらしい。
周囲には見通しのいい平原がこれまで同様に続き、初心者冒険者でも2、3人のチームを組めば比較的安全に魔物を狩ることができる一帯として知られる。
ここは"セーデルホルム"。
総人口およそ27000人の、ヴァレニウスよりも遥かに大きな町だ。
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