第七章 俺たち自身のために
第152話 本人がいないとこで
「この新芽を刻んで魚や肉と一緒に炒めると香りが際立つんだ。
わずかに苦みもあるんだが、これはこれで中々いいアクセントになる。
ついでに消化にもいいってんで、この国じゃ重宝されてるんだよ」
乗合馬車の御者と調理を兼任しているエドガーさんは薬学にもある程度の知識があるようで、薬草にもなるハーブを摘みながら様々なことを教えてくれた。
"トルンロース"と呼ばれるハーブが群生した平原の近くに野営地を構えた俺たちは、夕食の準備をする彼の手伝いのついでに、この国でも一部に咲く花や薬草について学びながらハーブを採取していた。
消化にいい。
つまりは胃腸薬に使われる薬草だが、他の素材と混ぜ合わせることで鎮痛剤にもなるらしい。
医学はもちろん、薬学についても素人の俺からしたらそういうものなのかと思ってしまうんだが、こういったところにも異世界特有の法則が関係しているのかもしれないな。
逆に言えば、地球では薬草と言われたハーブが別の効果を持つ可能性が頭をよぎり、異世界でも同じ知識が通用するとは限らないことや、それに関連した危険性を俺は改めて考えさせられた。
「新芽に効果があるってのは興味深いな」
「一説によると、マナを過分に含むのが新芽の部分らしくてな。
このトルンロースは
「月から?」
エドガーさんに訊ねたが、言葉にしながらふと思ったことがある。
それは太陽と月の関係性にも深く繋がりがあると思えた。
詳しく聞いてみると、トルンロースは月夜の晩に成長する植物らしい。
太陽が出ている間はほとんど成長が見られず、夜の間にぐんぐんと伸びる。
その点に不思議なところは感じない。
月下美人だって夜に美しい花を咲かせ、朝にはしぼむと聞く。
しかしこの薬草は、雲が月を隠すと変化が見られないところから、月明りを浴びることで育つと植物学者は結論付けたそうだ。
当然、それだけの根拠が確立されてのことだろう。
長年積み重ねた研究の成果を否定するなどできるはずもないし、マナがある時点で俺のいた世界での常識は通用しないと思って行動したほうがいいかもしれない。
そういえば、異世界でマヨネーズを作ったら毒の効果を持った、なんて小説があったような気がする。
あながち俺の推察も間違いでもないと思えた。
つまり、現代での知識が必ずとも役に立つとは限らない、ということだ。
"そうじゃなかった"と確信できるほどの知識が得られるまでは、現代知識をこの世界で披露しないほうがいいだろうな。
……いらぬ厄介事はごめんだ。
何よりも俺のせいで誰かが傷つくのは見たくないからな。
「このままだと青臭いな。
新芽の匂いが強すぎるぞ。
料理に入れても平気なのか?」
「そこは分量を調整するんだよ。
それよりもあんた、いい鼻を持ってるね。
もしかして同業者か?」
「まぁな。
今は冒険者に戻ったが、料理は道具があればどこでもできるから重宝してるぜ」
「ならレパートリーを増やせるように、食事に使える固有薬草を教えようか?」
すごく嬉しそうだな、エドガーさんは。
同業者と居合わせること自体、珍しいのか。
「そいつは助かるな。
この国の固有種は多いのか?」
「ラウヴォラ王国と比べたら相当多いと思うよ。
この国がなんて呼ばれているか、知ってるか?」
「たしか、"薬師の国"だったか?」
「少し違う。
"多くの薬師を世界に広めた国"だ。
この国全土は穏やかな気候と栄養豊富な土壌が多く、様々な薬草が育つ。
世界中で見られる一般的な薬草から稀少なものまで幅広く群生し、遠くの山々から流れる雪解け水は離れたこの辺り一帯でも美しさを保ったままやってくる。
動植物にとってこの国は、非常に住みやすい場所が多いんだよ」
それでか。
人から穏やかな空気を感じさせるのは。
話を聞いて、納得できたような気持ちになった。
となるとヴァレニウスだけじゃなく、この国全体が穏やかな気性を持つ人が多いのは間違いなさそうだな。
同時に、王国が抱える宮廷薬師が多くいる理由も理解できた。
溢れんばかりの薬草に囲まれるだけじゃなく固有種も多く群生するこの国は、薬師見習いが学ぶ場所としては最適だ。
彼の姿を見ていると、気軽に教えてくれる専門家も多いんじゃないだろうか。
さすがに無償では難しいと思うが、薬師専門の学校があっても不思議じゃない。
それでも他職とは違い、膨大とも言えるほどの知識が必要になる薬師を目指すには相当の覚悟が必要なのは間違いなさそうだ。
正直に言えば、俺には難しそうだ。
それこそ薬局で調薬できる薬剤師並の知識が求められるはず。
そのすべてを理解し、患者に合わせて調薬する薬師の凄さをひと欠片でも知れたような気がした。
ふわりと涼しさを乗せた風が頬に触れ、オレンジ色に染まった空を見上げる。
穏やかな風。
敵意を感じない平原。
どこまでも澄み渡るかのような空。
この国はラウヴォラ王国とは違い、随分とゆるやかな時間を感じさせるような国に思えた。
「住むならこういう国がいいなって顔をしてるな」
「また顔に出てたのか……」
ヴェルナさんに言われ、呆れてしまった。
どうにも俺は考えてることを隠し通すのは無理なんじゃないだろうか。
悪いことじゃないとふたりは言ってくれたが、気にならないと言えば嘘になる。
「気持ちは分かるけどな。
昔のアタシじゃ居心地悪かっただろうなと思ってよ。
つい口にしちまった」
笑いながら話すヴェルナさんだが、その変化に驚いているのは彼女自身なのかもしれないな。
「なんせ"狂狼"って呼ばれてたからな。
俺も御者やる前はギラついてたけどよ、こいつに比べたら可愛いもんだぜ」
「面白そうだな。
メシ食いながら聞かせろよ。
いいスパイスになる」
「そういうことは本人がいないとこでしろよな!」
ばつが悪そうに視線を逸らした彼女は、気恥ずかしさからそわそわと周囲を見渡した。
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