第57話 適度な緊張感
「……視線を感じるな」
「そのまま歩かせろ、サウル」
さすがにふたりも感知したか。
まぁ、隠れながらこちらを見る気配は異質なものだ。
これに気付けないと旅をする上で色々と問題になるから心強いな。
「……3、いや4人か」
「5人だ。
北北東、街道手前の木々に4人と、そいつらの後方20メートルにひとり待機してる」
「……お前、そんな遠くまで……。
その若さで師匠と同じ技量に到達してんのかよ……」
驚くヴェルナさんだが、意識をこちらに向けたのは一瞬だった。
すぐさま索敵に集中する彼女に頼もしさを感じながら今後の取るべき行動を考えていると、彼女たちは言葉にした。
「で、どうする?
アタシらは立場上ハルトの護衛だが、お前の指示なら動いてもいいぞ」
「だな。
深追いはしないなら、俺も賛成だ」
「いいのか?
俺は成り立て冒険者だぞ?」
ふたりの言葉に俺は驚いた。
新人の指示に自ら従うと言葉にする熟練冒険者がいるとは思っていなかった。
それに技術が伴おうと、正しい選択ができるかはまた別の話だからな。
だがそんなものは些細なことだ。
そう言わんばかりにふたりは即答した。
「いまさらだな。
確かに冒険者としての経験が少ないのは間違いねぇだろうよ。
だがな、ティーケリを単独撃破してる時点でお前は俺らより遥かに格上だ」
「アタシらは年下の命令だから従わねぇような馬鹿どもとは違う。
これまでの話からもリーダーになれる器なのは分かってたからな。
むしろ、お前みたいにしっかりと考えてるやつの指示を受けることに異論なんてこれっぽっちもねぇよ」
こちらに視線を向けることはなかったが、その真面目な様子がはっきりと伝わる背中に感謝した。
「……そうか、ありがとう」
「よ、よせよ、礼なんて!
背中がムズ痒くなるだろ!?」
「そうか?
俺ぁ言われて悪い気はしねぇけどな」
俺たちは声を出して笑った。
神経に触れるような気配に警戒しつつも、俺は居心地の良さを強く感じた。
「前衛の4人をふたりに任せたい。
可能なら全員捕縛したいところだ。
大した情報はなくとも、確認するべきだからな。
それが難しいようなら
相手が強かった場合は抑え込むことに集中してほしい。
情報よりもふたりの命が最優先だからな」
「気配垂れ流しのザコに負けるほど、アタシらは弱くねぇよ。
そんでハルト、お前はどうすんだ?」
「俺は奥に待機してる盗賊を捕まえるよ。
恐らく連絡役のひとりだろうからな。
可能性の話だが、さらにいた場合は俺の判断で対処する。
周囲にいる人数にもよるが、本命がいるとすればこっちだな。
その場合は単独で林を進むことになるが、距離が離れていれば戻るよ」
「そこまで用意周到な連中かね。
アタシには一般的な盗賊にも思えるんだが」
たしかに彼女の言うことも一理ある。
肌に触れるような気配からは、その可能性も十分にあるだろう。
だが俺には
「いやヴェルナ、仮に統率の取れるやつがボスにいるとすれば、これまで憲兵が盗賊団を捕まえられなかった理由に繋がる。
"連絡役"さえ捕まえれば敵のアジトも分かるし、一気に形勢がこちらに向くぞ」
「さすがにそこまではいかないと俺は思うよ。
ここからパルムはまだ見えないし、最低でもあと数時間はかかるだろ?
それだけの時間があれば連絡が途切れたことも必ずバレる。
ボスは即刻拠点を移して、こちらに手を出すことも控えるはずだ」
「……結局、アイツらを全員捕まえても"
残念そうにため息をつくヴェルナさんだが、これは好機だと思えた。
むしろ、この一手で様々な情報が入る可能性が高いことも考慮すれば、行動しない手はない。
連中がただの雑魚盗賊団なら前衛を捕まえるだけですべて終わるだろうが、後ろに連絡役と思われる存在をひとりでも配置する以上、そうはならない。
十中八九、厄介なボスが拠点を構えながら作戦指揮を続けてるはずだ。
「俺は、連中の手段を知れるだけでも今後の作戦を練りやすいと考えるよ。
これまでは霧の向こうにアジトがあるとさえ憲兵は思っているかもしれないし、それがある程度でも晴れるだけでかなり違った視点が見えてくるからな。
入手した情報次第では、連中を一網打尽にすることも視野に入るだろう。
それを俺が捕らえられるかどうかで今後のパルムが決まる、とも言えるな」
同時にそれは、相手が確実に厄介な存在であることを証明する結果になる。
チンピラなんて低能なやつじゃなく、戦略に長けている可能性が極端に高まる。
盗賊団を潰すのに"相応の覚悟"では足りないことになるのは非常に厄介だ。
そんなことを考えていると、ヴェルナさんは呆れたように言葉にした。
「……んなプレッシャーを自分にかけるなよ……」
「そうか?
適度な緊張感は気合が入るだろ?」
「……マジで大物の器だな、ハルトは……」
「……俺も今、同じことを考えてたよ……」
どこかやつれたようなふたりの声が耳に届く中、俺たちは連中に視線を向けずに警戒を続けながら進んだ。
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