第56話 最悪じゃねぇか
パルムまで目前といったところで、地形の変化をさらに強く感じた。
徐々にではあるが、緑が濃くなった印象がある林は非常に危険だと思えた。
「……これだけ隠れる場所があるんじゃ、襲われても文句なんて言えないな……」
「そうだな。
実際、この辺りは盗賊が割と多く出没する。
近くに連中のアジトがあるって噂なんだが、巧妙に隠してるらしくて見つからないそうだぞ」
「隠してるって言っても、調査すれば特定できるんじゃないか?」
「そう単純な話でもねぇみたいだぞ。
1日ほど北東に歩いた場所に沼があってな。
そこにやたらと厄介な植物が群生してるんだよ」
それは周囲のものを呼び寄せる効果のある臭気を発しているらしく、最悪の場合は危険な魔物まで引っ張る可能性すら考えられる厄介な植物だとヴェルナさんは教えてくれた。
「人には害のないものだと実証されてるそうだが、盗賊どもは沼地の向こう側にアジトを造ってるらしくてな。
どうやってんだか、すり抜けるように街道と沼を行き来してるそうだ」
「なるほど。
闇雲に冒険者や憲兵隊が調査へ向かえば、魔物のほうと鉢合わせするわけか。
それも多数か、捌ききれないほどの数を相手にする可能性すら考えられる」
であれば、下手に手を出せない理由も分からなくはない。
沼を大きく回り込むとなればそれなりの準備が必要になるし、完全に特定できていない場所を探し当てるのにも問題が多い。
だが、それならそれで別の対処をすれば済む話なんじゃないだろうかと思えた俺は、ふたりに訊ねた。
「襲ってきた盗賊から情報は引き出せないのか?」
「もう何度もやってるが、なんも知らねぇ連中だけなんだとよ。
アタシは憲兵が怪しいと思うんだが、そっちの線も調査するべきじゃねぇか?」
「いや、それはないだろうな。
取り調べは毎回別の憲兵が同席してるって聞いたぞ。
もし裏切り者がいるんなら、盗賊を逃がしててもおかしくねぇだろ?」
「となると、盗賊団が
この仮説が正しいのなら、逆に大きな問題になる。
こちらからは動けず、一方的に襲撃され続けることにもなりかねない。
襲撃者を聴取されても
「……どういうことだ、ハルト。
アタシはお前ほど頭良くねぇんだ。
もっと分かりやすく言ってくれよ」
「情報を持たない盗賊団を実行部隊として動かしてる"別の団"があるって意味だ。
連絡役を極端に少なくすることで特定されないようにしてるんじゃないか?
さらには危険な沼の周辺を大人数で移動しなくて済むメリットもある。
恐らく実行部隊の盗賊団は沼とは別の場所にアジトを造り、指示は沼を超えた先にいる盗賊団が出す。
これで"情報を知らない盗賊"ができあがるってことだろうな」
だがその場合は、後ろに付いてる盗賊団が厄介な強さを持つってことにもなる。
それも頭の切れるやつがトップにいるのは確定だから、少しでも気配を感じれば逃げるはずだ。
引き際を心得た者がチンピラから成り上がったとも思えない。
となると、その人物像も自然と見えてくる。
「……元軍人か元騎士団所属か、それとも工作員か。
野盗を巧みに使っているのなら、そいつを潰さない限りは繰り返すだけだ。
少なくともアジトの場所を探ることに重点を置いた聴取だと、連絡役がいることの可能性にも気付きにくいと思うし、まず連中の口からは出てこない情報だろう。
たとえそれが判明したとして手を出そうにも、恐らくはその気配に感づかれてアジトを即時放棄できる簡易的な拠点しかないかもな」
「……最悪じゃねぇか……。
情報を憲兵に報告するか?」
「それがいいだろうな。
あくまでも"その可能性がある"ってだけで、確証もない曖昧な推察だがな。
そもそも別の盗賊団が関わっていると思ったのも、実行部隊にもリーダーが必要だと俺が感じただけだから、実際にはただの下っ端かもしれない。
どっちにしても使い捨ての駒扱いされてるのは間違いないだろうけどな。
少なくともパルム内での話し合いはしてもらえるはずだから伝えようと思うよ」
もっとも、パルム内の中枢に潜伏されていたとしても不思議ではない。
だが可能性の話は疑心暗鬼になるだけだから、恐ろしい考えはやめておこう。
それでも、町に着くまでの間は警戒を十分にする必要がある。
俺なら人の悪意には敏感に反応できるが、何事にも例外はつきものだ。
ここから先は相当気を付けて進んだほうがいいかもしれないな。
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