第55話 心の許せる人たち
パルムまであと2日といったところで、周囲の地形に変化を感じ始めた。
遠くまで続く広い草原から、林が迫るように距離を少しずつ縮めてきたようだ。
見た目はそれほど深くない。
光もしっかり差し込む林だが、木の大きさは人ひとりが隠れるには十分すぎる。
これを厄介だと思わない能天気な性格なら、何も考えずにぼんやりと馬車に乗り続け、襲撃されて一瞬で旅が終わるだろうな。
「……ここ、盗賊多いだろ?」
「まぁ、そう思うよな。
開墾しちまえばいいのにな」
「畑にすると逆に隠れる場所が増えるぞ。
いっそ草原を広げればいいと思うんだが、かなり広いから人手が足りなさ過ぎて実現するには数年の期間と莫大な金が必要になる計画になりそうだな」
「まぁ、森みたいな見通しの悪い林を通る街道ってのもあるらしいからな。
それ考えりゃ、ここはまだ危なくねぇと思われても仕方ない……のか?」
「いや危ないな、この一帯は。
女性や子供が通るには危険すぎる。
一般人は襲われにくいと聞いたが、これじゃ襲ってくださいと言ってるような場所だとしか思えない。
いっそ街道を草原の中央を通るように造り直せばいいとも思うんだが、そんな単純な発想で実現できるならとっくにやってるよな」
「だろうな。
この"ラヤラ草原"はゴツゴツした石が多い上に、大量のディアがいてな。
街道として利用するには難しいって言われてるんだよ」
「それでさっきから良く見かけるのか……」
ちらりと草原を見回すように視線を向けた。
こちらに気付くほど近づいてないが、ここから見るだけでも60頭はいる。
かなり多いとは思ってたが、その理由もこの草原にはあるようだ。
「"リカラ"って背の低い植物が生えててな。
こいつの種を炒って塩を振るだけで酒のつまみには最高でよ、アタシはこれに目がないんだが……って、話ずれてるな。
要するによ、その美味い実をディアどもが食っちまうんだ。
大量に群生してるからなくなることはねぇって聞くけどよ、何かムカつくよな」
威嚇するように、遠くのディアを睨みつけるヴェルナさんだった。
おつまみとして食べられるのか。
たしかに木の実は美味いと俺も思う。
酒を飲むつもりはないが、お菓子感覚で少しくらいは食べてみたいと思えた。
サウルさんの話によると週に何度も間引かれているようだが、どこからともなくディアがやってくるらしい。
「魔物学者いわく、"ラヤラ草原のディアは固有種で、リカラの実に限定して鼻が利くようになってるんじゃねぇか"、だってよ。
なんとも笑っちまう話だが、草を食わずに種だけ食ってる様子からすると本当かもしれねぇな」
「まぁ、美味いものを見つけたら動物は飛びつくからな。
それは魔物も変わらないんじゃないか?」
「かもしれねぇけど、あの実はマジで美味いんだ!
なんでディアに食われなきゃなんねぇんだよ!」
今にも涙を流してしまいそうに思える、とても悲痛な想いを込めてヴェルナさんは言葉にした。
それほどまでに美味いのなら、ディアもこの場所を離れたりはしないだろうな。
興味はかなりあるが、実際の実には硬い殻でおおわれているらしく、残念ながらそのままでは食べられないとサウルさんは話す。
「面白い実でな、火を通すと弾けるように実が飛び出すんだ。
コイツをさらに炒めることで、カリっとした食感になる。
軽く塩を振っただけでも美味いが、料理にも使える割と万能な食材なんだよ」
「へぇ、そいつは興味があるな」
「ハルトは酒飲めねぇけど、摘まむだけならできるんだ。
パルムに着いたらメシにつまみ用の木の実をつけて頼もうぜ!」
「いいな、それ。
木の実はかなり好きなんだよ。
どんな味か、今から楽しみだな」
「味も香りも食感もいいから期待していいぞ。
パルムに来て酒のめねぇのは残念だが、無理して飲むもんでもねぇからな。
あの町はつまみも充実してるし、美味いもんも多い。
ついでに酒場も世界一多いんじゃねぇかって言われてる町だ」
酒造りに盛んな町だと聞いた。
俺にはあまり馴染めそうもないと思っていたが、酒を飲むだけじゃパルムは語れないとサウルさんは話していたし、酒を飲めなくても楽しめそうだな。
「スミアラもおすすめだぞ。
果実はアタシにゃ甘すぎるが、コイツの種が美味いんだよ。
ハルトは
だったら一度は食ってみねぇとな!」
俺は、ふたりに異世界人である話を伝えた。
むしろ口元と耳に届く言葉が合ってないことを出逢って早々に気付かれてたわけだが、こればかりは俺にどうすることもできないから諦めるしかないだろうな。
だがそれだけではなかったようだ。
ギルド依頼としてサウルさんとヴェルナさんが呼ばれることも割と多いが、実力者を急遽集めた時点で何かあると考えるのが普通だとふたりは話した。
少し考えればある程度の推察できるからな。
俺の立ち振る舞いから強者である点を見抜かれたこともあって、受けた依頼に対して警戒したのだとか。
それもそのはずだ。
自身に危険が及ぶ依頼であれば、準備にそれなりの時間をかけるべきだ。
今回はそういったこともできずに急遽町を出なければならなかったからな。
旅に出てすぐ話題に出たティーケリの一件や、ハールス住民の特色についてを話すと納得してもらえたようだ。
そこからは必要以上に周囲を警戒しなくなり、普段通りの姿を見せてくれた。
本来、秘匿性の高いギルド依頼であれば、誰かに話すことは良くない。
だが今回のように"あってないようなもの"なら話は別だ。
彼らはハールスに拠点を置いているが、住民の性格については思うところも多かったようで、妙な同情をされながらも納得してくれたようだ。
異世界人とは頻繁に会うわけじゃないし、その違和感から奇異の目で見られることのほうが多いと聞いた時は、想定していたとはいえ思うところも多かったが。
こういったことは、なるべく知られないほうが悪目立ちしない。
だけど、ふたりには秘密にすることなく話すべきと俺には思えた。
そんなことで対応を変えたりはしないだろうし、現にこうしてふたりは普通に接してくれているから、その行動は間違いじゃなかった。
そういった心の許せる人たちと出逢えたことは、俺にとってこの上なく幸運だ。
「……っと。
街道近くにディアが1匹いるな。
今夜はディア肉祭り開催決定だな」
嬉しそうな視線をディアに向けたヴェルナさんだが、直後に身の危険を感じた相手との追いかけっこを楽しんだのは言うまでもない。
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