第54話 どうなろうとも

 ぽつりと呟くような言葉に、場の空気が少しだけ静まった。

 肉の焼ける音が大きく聞こえる錯覚の中、俺はどうしても考えてしまう。


 言いたいことも多い。

 手を貸してあげたい気持ちも強い。

 だが、それを本人が拒む以上、俺にするべきことはない。


 分かってる。

 分かってるけど、それでも……。


「……お前、力になろうか考えてるみたいだな。

 面倒事に首を突っ込むとロクなことにならないぞ」


 思考を完全に読まれたが、どうやら彼だけじゃなかったようだ。

 精神が未熟なせいか、どうにも俺の考えは筒抜けになることが多い。

 気を許した相手の前じゃ必要ないが、他人と接する時は気を付けるべきだな。


「サウルが先輩風を吹かせるなんて、珍しいじゃないか」

「茶化すなよ。

 お前だって分かってんだろ?」

「……まぁな。

 だがハルトはアタシと違って頭いいからな。

 もっと違った結果を出すかもしれねぇけど、結局しくじるだろうな」


 しくじる、か。

 今回の一件は本当にそうなっていたと俺にも思える。

 リクさんは明確な覚悟を持って行動していた。

 すべての責任を自分ひとりで負うつもりだ。


 その結果が、たとえどうなろうとも。

 

 覚悟を決めた者に手を貸すことは侮辱にも等しい。

 特に彼はそういったことを好まないはずだし、何よりも自分自身が解決するべきだと強い意志も感じられた以上、俺がするべきことなどない。


「……それでも、何か力になれたらって、俺は思ってしまうんだよな……」

「ハルトのいいところでもあるし、悪いところでもあるな、そいつは。

 アタシは気性があまり大人しい方じゃねぇけどよ――」

「「――あまり?」」

「るっせぇな!!

 話の腰を折るんじゃねぇよ!!」


 思わず横槍を同時に入れてしまった俺とサウルさんだが、むしろ話の腰を折ったのはヴェルナさんの一言だと思いながらも、俺たちは焚火にあぶられた肉串に手を伸ばした。


「……で、なんだっけか……まぁ、要するにだ。

 余計なお世話は"他人を生涯縛り付ける呪い"になりかねないってことだな。

 強烈な言い方に聞こえるが、実際にそうなったやつをアタシはひとり知ってる。

 ……そいつの末路も、最悪なもんだったよ……」


 行き場のない想いが別の方向へ変わる。

 その瞬間を彼女は目の当たりにしたようだ。


 それがどれだけきついものなのか、俺には想像することしかできない。

 けど、それはきっと何よりも辛くて悲しい光景だったんだと思えた。


 そういう瞳の色をしているからな、今のヴェルナさんは。

 心が強い彼女だろうと折れてしまいそうになるほどの衝撃。

 そんな凄まじい重圧に耐えることは一瞬じゃ済まないからな。

 きっと今も彼女は圧し潰されないように気を張ってるんだろう。


「嫌な話に聞こえるが、恨み辛みってのはそういうもんだと師匠が言ってたよ。

 そういや、"だから絶対に関わるな"、とも言ってた気がするな。

 ……今にして思えば、師匠も似たような経験をしてたのかもしれないな」


 これはきっと"復讐"にも言えることなんだろうと俺には思えた。

 長年探し続けた憎むべき相手をたとえ亡き者にしようとも、得られるものがあるとは限らないどころか、まったく予想もしていなかった悪感情が体の奥底から湧き上がるように芽生える可能性だって十分に考えられる。


 それが別の誰かを、もしくは自分自身を苦しめることになる。

 どんなに気丈に振る舞おうと心は脆く、とても壊れやすい。

 身を焦がすように纏わりついた悪感情が自傷行為を強制させないとは言い切れないし、最悪の場合は尊い命を消してしまう悪鬼に成り果てたとしても、なんら不思議なことではないのかもしれない。


 人の想いは悪感情であればあるほど重々しく醜い、強烈なものだからな。

 "重い責務"で突き動かされている今のリクさんに力を貸せばどうなるか、考えるのも恐ろしい結末が待っている可能性だって、きっとゼロじゃない。


 人は人たらしめん、なんて言葉もあるくらいだ。

 結局は人である以上、間違いを犯さない人なんて存在しないはずだ。


 俺たちは聖人君子じゃない。

 悲しければ涙を流すし、時には燃え盛る炎のように怒る。

 だからこそ人間だとも思えるが、きっと生物の中で他者を呪うほど恨むのはヒトだけなんだろうな。


「俺たちは、俺たちのできることをするくらいしかできねぇよ。

 それを超える何かを成そうってんなら、破滅する覚悟も必要なんじゃねぇか?」

「……難しい話だな。

 "それでも別の道を探したい"と思える俺はまだガキなんだろうけど、そう簡単に手放していいものじゃないとも思えるんだよ。

 乗合馬車で一緒に移動しただけの仲でも、こうして真面目な話ができる関係は時間をかけずにできたりするだろ?

 分かり合えることができるのも、人間が持つ美徳のひとつだと思うんだ」

「美徳、ねぇ。

 自由気ままに生きてるアタシらにゃ、あまり聞き慣れない言葉だな。

 ま、あんま深く考えすぎないほうがいいと思うぞ。

 泥沼にはまると抜け出せなくなるからな」


 ヴェルナさんは笑顔で肉を頬張るが、彼女の言う通りだと思えた。

 そういったこともまた、彼女の経験談なのかもしれないな。


 冒険者に限らず、先輩との話はとても勉強になる。

 こういうところなんだよな、乗合馬車が持つ魅力のひとつは。

 自分の考えだけじゃ凝り固まるものでしか答えを出すことはできないが、こうして会話をするだけでも大人の意見はためになると心から思えた。

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