第58話 邪悪な笑み

 しばらく馬を歩かせ、休憩にちょうどいい平らな場所で止めるが、連中に動きは見られず警戒を続けているようだ。


「……さすがに襲って来ねぇな」

「そうだろうな。

 俺たちは金目の物を持ってない冒険者チームと思われてるはずだ。

 だが逆に言えば、その場からの移動も制限できてるのは好都合だと言える」

「アイツらからすりゃ、まだ気づかれてねぇって判断してんだろ。

 あれだけ気配垂れ流しといていい気なもんだな、あの馬鹿どもは」


 周囲を索敵するが、盗賊はもちろん魔物も周囲にはいないようだ。

 これなら馬車をしばらく置いて戦うくらいの余裕は十分にありそうだな。


 残る懸念は連絡役と思われるやつの奥に誰かがいる場合だが、これは距離を詰めてみないと分からない。


「んで、具体的にどう始める?

 突っ込んで一気に制圧するか?」

「それでも構わねぇが、ちと強引だな。

 盗賊どもがビビって逃げ出すんじゃねぇか?

 四方に散らばるとさすがに3人じゃ追い切れねぇぞ」

「そうなる前に俺が先行して奥への逃げ道を封じるよ。

 まずは4人の奥に待機してる連絡役を捕獲する。

 ふたりも自分のペースで走ってほしい」

「……おいおい……。

 ここから林まで15メートルはあるぞ……」

「まぁ、信じられない気持ちは分かるつもりだが……」

「そうじゃねぇよ。

 お前の言葉には"重み"を感じるからな。

 ただ、アタシらの常識じゃ考えられねぇってだけだ。

 アタシもサウルも、ハルトを信じてる」


 ……実際、言葉にされるとこんなにも嬉しいものなんだな。

 なら俺にできることは、その信頼を裏切らないことだ。


「さっきも言ったが、まだ奥に待機してるようならそいつを捕縛しに向かう。

 必要以上の深追いはしないつもりだが、仮に配置されてたとすればそいつが本命で間違いないから確実に捕まえる。

 少なくとも何らかの有益な情報を持ってるはずだ。

 内容次第では、連中の行動予測がある程度はできるかもしれない」

「そいつぁ魅力的だな。

 ぜひとも憲兵詰め所に招待したいところだ」

「ここからパルムまで3時間もかからねぇ。

 気絶させたまま鮮度のいい状態で・・・・・・・・憲兵にプレゼントできそうだな」


 どちらが悪党か分からなくなる邪悪な笑みを浮かべたふたりだが、行動前の気合としては十分すぎるほど心の準備ができているようだ。

 武術を学びたての初心者が陥る"気合の乗りすぎ"といったこともない。


 さすが熟練冒険者だな。

 心の揺らぎを感じさせない安定感に頼もしく思えた。


「それじゃあ、行こうか?」

「おう、いつでも出られるぞ」

「アタシもだ」


 強く頷いた俺たちは息を合わせ、林へ向かって駆ける。

 剣を鞘から抜き放ったふたりとは違い、俺は左手で鞘を押さえながら走った。

 まずは奥で待機してるやつへ追いつくことに集中するべきだからな。


 走り出した瞬間、連中は焦ったような気配を発した。

 ほんのわずかに戸惑いが行動に表れたみたいだな。


 気付かれていないと思っていた敵に先手を取られたんだ。

 焦る気持ちも分からなくはないが、同情は微塵もできないな。

 ワンテンポ遅れて4人は武器を構えるも、表情と動きが相当硬い。


 連中の行動すべてが物語る。

 たったいま感じた"焦り"は、手前の4人が未熟者だと自ら証明した。

 これなら4対2だろうと、問題なくこちらが勝つ。


 なら、俺のするべきことはふたりの心配じゃない。

 3人で駆けるように距離を詰めていたが、一気に加速して手前の盗賊どもを追い越す。

 サウルさんとヴェルナさんも相当驚いた気配を出すも、瞬時に平常心へ戻した。


 こういった精神的な強さは、鍛錬を欠かさない研鑽の日々を過ごしていなければ身につけられないものだ。

 やはり本物の熟練者は一味も二味も違う。


 "連絡役"と思われる男を視界に捉えて間もなく、別の気配を感じた。


 これで確定だ。

 二重、三重の策をボスは張っていた。

 戦術に長けたチンピラ以上のやつがトップにいるのは間違いない。


 こちらの出している速度に驚きながらも戦線を離脱しようとする手前の男との距離を詰め、それなりに強い右こぶしを後頭部に叩き込む。

 強烈な一撃に体を縦回転させ、頭から着地した男の意識が途切れたことを瞬時に確認した俺は、本命に向けて駆け出した。


 その様子を遠目で確認したんだろう。

 全力で逃げ出す男はこちらを見ずにボウガンを放つ。

 威嚇程度のものが偶然にも俺の直線上に入ったようだ。

 迫る鉄製の矢を上半身を屈めて避け、男を追い越してから足を止めた。


「……どうやら周囲には誰もいないみたいだな」

「ば、バケモノめッ!!」


 手際良く装填した男は俺に向けて再度矢を放つが、左に半歩ずれて回避した。

 これだけ近ければ確実に直撃すると思ったんだろうが、そんなものに当たってやるわけにもいかないからな。


 涼しい顔で避けられたことが相当ショックだったようだ。

 驚愕の表情で凍り付く男の水月みぞおちに右こぶしを強烈に当てて動きを封じ、胸倉を掴みながら地面に叩きつけるように投げた。


 受身をさせないように水月へ一撃加えたからな。

 背中から大地に投げれば呼吸もままならない。

 大して体も鍛えてないみたいだし、意識を保てるはずもないからこれで終いだ。

 転がる男を一瞥した俺は、周囲の警戒を強めながら言葉にした。


「……さて、あっちもそろそろ終わりそうだし、馬車まで引きずるか」

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