第2話 謁見
王と呼ばれる存在がいることは、すなわち君主制を意味する。
となると、王族だけじゃなく貴族制度もあるはずだ。
ファンタジー世界ではあるが、その鎧や建造物から推察するに文明力は中世か。
だが500年以上の未来を生きる俺たちの文明が勝っている証明にはならない。
魔法が発達した独自の文明は想像もつかないほどの高度な文明を確立している可能性だって十分に考えられるのだから、できるだけ穏便に、かつ情報を仕入れる必要がある。
「……おい……なんだよ、あの豚……」
「聞こえるぞ」
ぽつりと小声で話しかけてきた一条。
彼の言いたいことも分からなくはない。
まるで肥え太った、いや、太りきったその体型に、何をどれだけ食べればそんな姿になれるのかと思ってしまうのも、別段不思議なことではなかった。
血色も悪く、顔中に噴き出た不健康で不摂生を前面に体現したかのようなぶつぶつはガマガエルのようにも見える。
一瞬、そういった種族なのかと思えたが、こんなことを軽々しく言葉にすれば問答無用で処刑されそうだな。
横にいる身なりのいい中年男性に耳打ちした玉座に腰かけるモノ。
その"お言葉"をこちらに向けて宣言するように発言する中年男性へ向け、はっきりと舌打ちをした一条は嫌悪感をむき出しにして答えた。
「偉大なる王は、こう仰られた!
よくぞ参られた勇者よ!
我が国は心から歓迎をする!」
「……自分で言えよ、ふんぞり返った豚が……。
どんだけ上から物を言ってやがるんだ……」
「聞こえると面倒事じゃ済まなくなる。
気持ちは分かるが、抑えてくれ」
「……チッ……わぁってるよ……」
苛立ちを抑えきれない様子の一条に冷や冷やさせられる。
頼むから異世界に降り立ってすぐ一国と揉めるような事態は避けてくれよ……。
「我が国は現在、絶望的な状況に追い込まれている!
さらには魔王が復活し、世界征服を目論む以上、もはや一刻の猶予もない!
ふたりも勇者が導かれたのは、神の定めた運命に他ならない!」
……自国がいちばんで、魔王の脅威は二の次か。
どうやら玉座にいるやつと同様にロクでもない国みたいだな。
強制召喚に関しての言葉がないようだし、勇者は神の国で世界を救うために研鑽を積んでいる、とでも思っているんだろうか。
「――であるからして、諸君らにはこれより、魔水晶による勇者鑑定を行う!」
「お?
やっとそれらしくなってきたな」
あくびをしていた一条は喜ぶが、俺は思わず眉をひそめた。
そもそも一方的に呼び寄せておいて真偽を確かめることそのものが失礼だし、何よりも初めから疑ってかかる姿勢が気に食わない。
同時に、嫌な予感がした。
ふたりも勇者が召喚されること自体は稀ではないが、世界を救ったと聞く英雄譚の勇者はそのどれもが
正確には凱旋したのがひとりだから、途中で問題が発生した可能性も捨てきれないが、恐らくはそうじゃないだろう。
悪い結果こそ予感が的中するものだとも聞く。
これは俺か、一条のどちらかが偽物と判断されそうだな。
俺は右手を軽く上げ、言葉にした。
「発言をよろしいでしょうか?」
「かまわぬ!
申してみよ!」
王に確認を取らないのかよ……。
それじゃまるで王は傀儡で、横にいるやつが黒幕みたいじゃないか……。
……まぁいい。
「この世界についての情報を知りたいのですが」
「それは勇者鑑定のあとに伝える!」
「ですが、こちらも一方的な強制召喚に戸惑いを隠せず、これまで何も知らされずにこの場に立っています。
情報の開示をお願いしたいのですが」
「勇者鑑定が済み次第に伝えると言った!」
取り付く島もない。
これは、相当やばい国に呼ばれたみたいだな。
勇者を武力目当てで王国軍に取り込み、他国との戦争の最前線に立たされる。
さらにはプロパガンダに利用される可能性が高い上に、必要がなくなれば使い潰すだけじゃなく、謀殺されるかもしれない。
たとえ勇者専用の技能があったとしても一介の高校生には対処のしようがない。
一条を強引に連れて逃げるか?
……いや、それは現実的じゃない。
ここは"王都"だ。
少なくとも王が滞在するほどの規模の都市ともなれば、騎士や兵士、憲兵等の武力集団から一条を護りながら突破するのはさすがに厳しい。
意気揚々と水晶に手をかざす彼のように楽観的でいられたら、どれだけ良かったか。
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