第61話 独自の進化を辿った

 "蒼天の盃亭"。

 元々酒場だったが、先代の主人が本格的な料理を出し始めてからはそちらも客が楽しむようになったそうだ。

 その腕も確かなもので、息子である現在の主人に味が継承されているらしい。


「ここのメシはかなり美味くてな。

 もちろん酒場ってこともあってそっちも期待できるんだが、ハルトは飲めねぇから果物のジュースか水がおすすめだぞ」

「さすが"酒の町"と言われてるだけはあるんだな。

 いい水を使ってこそいい酒が造れるって聞いたことがある」

「そうらしいな。

 この町は湧き水も豊富で、澄んだ水はそこかしこに出るんだよ。

 ハールスに近いこともあって、果実のジュースも多いぞ。

 完熟した実はあまり酒に使われないからな」


 そう言葉にしたサウルさんも、酒以外はそれほど詳しくないと話した。


 酒造りに甘い実を使うとフルーティーな酒になる。

 そんなことをテレビで見た気がするが、どうなんだろうな。


 ヴェルナさんは甘い酒も嫌いじゃないが、辛口の酒が恋しくなることがあるらしく、こうしてハールスと様々な酒が造られるパルムを行き来しているのだとか。


 よくよく考えれば"酒を追い求めての移動"をしているように思えるが、彼女はそれを否定することはなかった。


「この町は酒造りの町と言われているが、酒が飲めねぇやつも多いらしいぞ。

 なんとももったいねぇ話だが、澄んだ湧き水は料理にも使われるから、この町は全体的に美味いもので溢れてるんだ」


 楽しげに話す彼女はとても幸せそうだった。

 よっぽど飲み食いするのが好きなんだろうな。

 まぁ、俺も人のことは言えないんだけどな。


 酒にも興味はあるが、やはり飲むなら20を超えてからにするべきだ。

 人に技術を教える立場の人間が自ら規則を破るわけにはいかない。

 それはここが日本だろうと異世界だろうと、関係ないことだ。



 大きめの扉を開けると、一気に喧騒が耳に届いた。

 どうやらかなり分厚く造られているようだな。

 酒を豪快に飲みながら楽しげに語り合う客が多くいる店内は、まさに酒造りの町にぴったりだと思えた。


「さすがに腹減ったな!

 ここは魚料理も美味いが、やっぱがっつり肉料理だよな!」

「だな!

 ディアやボアもこの店じゃ一味違った形で出されておすすめだが、アタシの一押しはシープだぞ!

 この近くには大きい泉があってな、そこの固有種が美味いんだ!」


 "スプリングシープ"と呼ばれるこの羊型の魔物は、その捻りを感じさせない名称とは違い、上質な肉汁溢れる肉質から多くの町民から愛されてきた食材のようだ。

 羊特有の臭さはあるらしいが、俺は気にならないから大丈夫だろう。


「美味そうだな。

 今日は羊料理にしようか?」

「そうしようぜ!

 ハルトも絶対気に入るぞ!」


 席に着く前から楽しみだが、夕食時ともあってほとんど埋まっているようだ。

 出される料理が美味いことを証明するかのようで空腹感がいっそう増した。


「あ! お久しぶりです!

 ヴェルナさん! サウルさん!

 3人ならあちらの席が空いてますよ!」

「相変わらず元気だな!」

「私から元気を取ったら何も残りませんよ!」

「それもそうだな!

 そんじゃ、席に行こうぜ!」


 元気な看板娘が示した席へと向かい、店員を待つ。

 店内にはやはりメニューの類はないようだな。


 この世界にある料理店のほとんどは、そういったものを掲げていない。

 注文は店員がおすすめをしてくるものを選ぶか、自分が食べたいものを注文するかの2択になるらしく、後者はある程度その店が何を出すのかを知っている必要がある。


 店内にメニューを貼るのは日本の店だけなんだろうかとも思う一方で、客にメニュー表などを提供するようになったのは中世からと聞いたような気がする。

 すべての料理店は商業ギルド管轄の下に開店できるが、料理人は食品ギルドの審査に合格する必要があるらしい。


 そこでは料理技術だけじゃなく衛生管理はもちろん、本人の料理に対する情熱などがしっかりと備わっているのかを調べられるようだが、わりと徹底しているように感じられるこのシステムは俺が持っている中世ヨーロッパのイメージとはかけ離れたものに思えた。


 やはりここは独自の価値観、独自の進化を辿った"異世界"なんだな。


 思えばそういった差異は、これまで何度か見ていた気がする。

 調合薬を始めとした薬品にも言えることだが、いちばんは食事だろう。


 特に肉食獣と思われる魔物の肉はそのどれもが臭みもなく、美味いものだった。

 これが地球に生息する肉食獣であれば、とても食えたもんじゃないようだな。

 だからこそ牛や豚、鳥を始めとした草食動物を好んで育ててるんだろうが。


 創意工夫と長年に渡る経験で手に入れてきた知恵は、たとえ異世界だろうと変わることがないのも当たり前だ。

 誰だって美味いものを食いたいからな。

 それは世界が違っても変わることなんてないはずだ。


 だが肉食獣は別だと聞いたことがある。

 強烈な臭いを放つ肉はとても食えたもんじゃないとも言われているし、ここに俺のいた世界との差が色濃く出ている気がした。


 肉食のトラを思わせる"ティーケリ"が高級肉として重宝されるくらいだからな。

 熊やライオンなんかも、この世界じゃ美味しく食されているのかもしれない。


 ……さすがにライオンを食う勇気は、今のところないが……。

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