第97話 それも仕方ない

 耳だけでなく、地面に伝わる振動まで一同が感じ始めた頃、俺は呼吸を整えながら迎撃に集中していた。


 とはいえ、やることは"ティーケリ"の時と大差はない。

 あの時と違うのは剣術を使わず格闘術で倒すくらいなものだ。


 迫る気配は荒々しいが、それほどの強者とは思えなかった。

 つまるところ、ティーケリのほうが遥かに危険視されてるんだな。

 だからこそ、ここにいるみんなは俺の話を驚愕しながら聞いていたんだろう。


 確かにあれは相当の強さを感じた。

 特に威圧感が半端なかったから、精神を鍛えていない冒険者が対峙すれば完全に飲まれ、一歩も動けずに負けていたはずだ。


 その点を考慮すれば今から戦うオグルは粗雑で、まるで躾られてない大型犬が闇雲に威嚇している程度の相手に思えた。


 恐らくは知能の低さがそう感じさせているんだろうな。

 魔物は動物と同等かそれ以上のものを持っていると考えていたが、それほど変わらないのかもしれない。

 人型の姿に惑わされたせいもあるのか、どうしても知能の高さを警戒する。


 ……こちらの気配に気づいたようだな。

 風向きで匂いを嗅ぎ取ったのか、それともテリトリーにかかったのか。


 10メートルの距離まで迫ったのを正確に感じ取り、駆け出した。

 視界がある程度開き、5メートル先に視認できた敵を見据えながら技を使った。


一葉ひとつば流武術・剛ノ型、"明鏡止水"」


 体内にある力を呼び起こし、体全体へ均等に循環させる。

 澄み渡る水のような心でオグルとの距離を瞬時に詰めて左こぶしを振り上げ、2メートルを優に超える巨漢の腹へと強烈な打撃をぶち当てた。


 直撃からわずかに間を空け、こぶしの当たった場所を中心に半径5センチ程度が軽くへこみ、続けてひび割れた陶器を思わせる多数の傷をつけた。


 一葉流武術・覇ノ型、"花紋かしん"。

 一点集中型の打撃で、直撃させれば花の模様のようなひび割れを起こす。

 本気で放てば対象の命を確実に摘み取る、文字通りの意味で"必殺の技"だ。


 連戦を控えてるからと力を抜いて放ったが、決定打とはならないほどの力に抑えすぎたようだ。

 しかしある程度は加減をしなければ、豪快に対象を吹き飛ばしてしまう。

 そうなれば悪目立ちどころでは済まされず、間違いなく危険視されるからな。

 この世界をまともに歩ける程度の力配分に留めなければならない。


 赤黒いオグルの体を折り曲げたが、倒れ込ませることはできなかったか。


 ……楽に終わらせられなくて悪いな。

 少しだけ、苦しめることになりそうだ。


 瞬時に右側面に移動して深く腰を落とす。

 左こぶしを肩まで上げ、強烈に右こぶしを放つ。


「一葉流武術・覇ノ型、"徒花あだばな"――」


 凄まじい衝撃波は分厚い筋肉質の体と骨を貫通し、直線状にある木の葉を大きく揺らした。

 当たった瞬間オグルの眼に宿る光が消え、その場に足元から崩れ落ちた。

 すぐに索敵するも、もう少しだけ時間に余裕がありそうだな。


 地面に転がるオグルを見ながら、今の手ごたえから相手の強さを測る。

 正直なところ、思った以上に柔らかかったのが印象的だな。

 やはり斬撃は通さなくとも打撃は伝わるみたいだ。


 となると、これから戦う2匹はそれほど強くなさそうに思えた。

 むしろ、ティーケリの凄みを改めて気づかされたような気がする。


「……なら、一閃で終いだな」


 呟くとほぼ同時に、これまで何度となく聞いた四足歩行の動物が放つ足音を相当大きくさせたものが耳に届いた。


 ブラストボアの巨大ヒュージ種、だったな。

 こちらを視界に捉えると凄まじい瞬発力で距離を詰め、その巨体ごと相手を薙ぎ倒す魔物、か。

 グランドオグルを相手にした後だと、ヒュージ種だろうとイノシシに思えるが。


 その姿を視認すると同時に地面が爆発したかのような音が響き渡り、最高速と思われる速さで迫って来た。

 ある意味ではこいつのほうが相当厄介にも思えるが、グランドオグルの対処法がしっかりと取れていたからそう感じただけなんだろうな。


 実際にあの手の耐性持ちは非常に厄介だ。

 魔法を使うか、相当強い魔剣を持っていなければ対処が難しいと思われてるから、総合的に考えれば直線移動するブラストボアよりも遥かにグランドオグルのほうが強いか。


 このまま突進を回避すれば、後ろの先輩方を吹き飛ばすことになりかねない。

 こちらも駆け、距離を詰めてすれ違いざまに首元を鋭く縦に斬り上げ、ボアはその場から転がりながら勢いをなくして地面に倒れ込むように停止した。

 間をおいて赤い鮮血が首元から噴き出し、そのまま眠りに就いたようだな。


 今のはティーケリにも通した一撃だ。

 ヒュージ種だろうと、ボアに耐えられるはずもない。


「……あと1匹。

 残るはクマだな」


 その独り言に先輩たちが返すことはなかった。

 驚愕どころじゃないほどの気配は感じてるが、それも仕方ないか。

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