第141話 幸せな証拠

 ここにいる全員が一条の言葉に眉を寄せている中、アイナさんは話を続けた。

 しかしそれが耳に入ってきたところで、こいつの反応は変わらなかったようだ。


「……魔法の基礎知識をレイラから聞いて以降カナタはずっとこんな調子ですが、勇者は魔術だけではなく体術を始めとした身体能力と、武術に長けた達人にまで技量が到達できるとも云われています。

 もしもそれが誇張された話ではなく真実だった場合、武術、魔術を問わず、世界中の達人たちと同時に敵対しても涼しい顔で圧倒してしまうかもしれません」

「いいことじゃねぇかよ、アイナ!

 俺はそういう"世界最強"を望んでるんだ!」


 能天気な子供の意見は、俺たち全員に深いため息をつかせた。

 世界最強のどこが魅力的なのかはこの際置いておくとして、この馬鹿を放っておけないと強く感じたふたりの気持ちも理解できたと同時に、こいつとの旅がどれだけ大変だったのか、そのひと欠片でも苦労が垣間見えた。


「……大変だったな、本当に。

 こいつの傍にいてくれて、心から感謝するよ……」

「……大丈夫。

 ある程度基礎を学ばせたら本気でボコるつもりだった。

 同世代のハルト君が相手をしてくれたお陰でより効果的な影響を与えられたから、感謝するのはこっち」

「お、おい!?

 聞き捨てならないぞ、今のは!?」


 強く言い放つ一条を無視し、俺たちは苦労を分かち合うように話し続けた。


「まぁカナタらしいっちゃ、そうなんだけどよ。

 お前、アイナとレイラのふたりがいなけりゃ、今頃死んでたかもな」

「俺も同じ危機感を覚えた。

 正直に言えばハルトと同い年とも思えないほど幼い思考をしてるが、よっぽどお前たちのいた場所は安全で平和だったんだろうな。

 追放されてなきゃカナタの面倒を看てたか、こいつを強引に連れ去ってでも他国へ逃げてただろ?」

「召喚された当初はどうするべきかを悩んだよ。

 結局は王がいる場所に呼ばれたことや周辺地域に詳しくないこと、何よりも勇者を欲してた王国側が一条を悪く扱わないだろうと信じて、荒立てずに王都を出たんだけどな」


 もしもあの時、王国側が俺を処刑しようとしていたら本気で抵抗をした。

 一条を気絶させてでも強引に王都から連れ去っていただろうし、その際は俺も追手に手加減をする余裕なんてなかったと思う。

 一葉流をためらわずに使っていたはずだから、確実に死傷者を出していた。


 そうなれば、完全にお尋ね者になっていたな。

 今となってはその選択を取らなかったのが正解だと確信する。

 お陰で協力者の力を借りられたし、この世界の知識も学ばせてもらえた。


 ともかく、こうして一条と再会できた今、悪くない方向へ進んでいると思えるし、こいつが子供みたいなことを言っていられるのは幸せな証拠だからな。


「……なんか、聞き捨てならねぇ言葉が飛び交ってるが、お前らはこれからどうすんだ?」

「そっちこそどうなんだよ。

 再戦に向けて訓練しながらお使いか?」

「お使いったって仕事は仕事だからな!

 嫌だなんだと言ったところで、達成するのも勇者の務めだ!」


 ……それは世間一般的に当たり前のことで、仕事を受けた者の義務だと俺には思えるんだが、あえて突っ込むことでもないか。

 内心ではこいつも理解しているはず……だと思いたい……。


「結局、手紙を届けたところで"明日まで待て"って言われるからな。

 このあとギルドに提出して、呼ばれるまでのんびり観光しようぜ!」

「……観光の前に訓練」

「座学もありますよ」

「マジで座学もするのかよ!?」

「……当たり前。

 ある程度まともな知識を手に入れるのは必須。

 カナタの名前を"あほの子勇者"として後世に伝えたいなら止めない」

「あら、可愛らしい通り名じゃないですか。

 誰でも欠点はつきものですから、"勇者カナタはとても強くて世界を救ってくれた英雄だけれど、あほの子だったそうねぇ"なんて、主婦のみなさまに言われてしまいそうですね」

「……子供たちも楽しげに"あほの子カナタの勇者ごっこ"して遊ぶ」

「ぐぬぬッ!」


 鋭く重い攻撃に、とてもいい影響をこいつに与えられたみたいだな。

 一条のことを深く理解してくれるふたりがいれば、本当に安心できる。


「やってやんよ!!

 座学でも何でも持ってきやがれ!!」

「……お前、ふたりから絶対離れるなよ。

 詐欺で多額の借金を背負わされそうだ……」


 しみじみと感じたことを口にするサウルさんだった。

 俺としても、こいつに一人旅はさせられないと強く思えた。


「そんで?」

「なんだ?」

「お前らはどうすんだよ。

 明日にはもう町を離れるのか?」

「いや、明日は――」


 続く話に瞳の色が輝き出す一条を見た俺は、明日も賑やかになりそうだなと確信しながら食後のお茶を口に含んだ。

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