第106話 本当にいいもんだな

 今日も賑やかな店内だなと思いつつテーブルに突っ伏したアートスたちを横目にした俺は、エルナが注文を取りに来るのを待っていた。

 一昨日から訓練メニューが増えたと顔面蒼白で語っていた彼らだが、それでもへこたれずに毎日頑張っているようだ。


 午前はアートスたちと"リカラの実"集め、午後にはギルドで何か軽めの依頼をこの数日受け続けたお陰で、若手冒険者としての経験はある程度積めたと思う。

 とは言っても軽作業ばかりだったので、誰でもできることではあるんだが。


 何も起こらない日常ってのは、本当にいいもんだな。


 そう思えたのは、あの日に体験した出来事のせいだろう。

 幸い大事には至らずに済んだが、それは結果論に過ぎなかった。

 ほんのわずかに歯車が狂っていれば、今もこうしていられた保証などない。


 ……まさか、あんな最悪なものを抱え込んでいたとは露ほども思わず、俺たちは連中の拠点と何かしらの薬物を押収できたことに安堵しながら祝杯を挙げた。

 知らないのも当然だとヒルダさんは言っていたが、それを聞いた俺たちは相当考えさせられた。


 あの時、俺が調査を提案しなければ想像するのも恐ろしい事態となっていたのは間違いなく、パルムは確実に崩壊していただろう。


 そういえば、詳細を聞いた直後に開いた"反省会"は随分と静かな店でしたな。

 想像もできなかったこととはいえ、もっと思慮深く行動するべきだった。

 そんなことを考えてると、懐かしいと思える気配を店の入り口から感じた。


「……お、いたぞ。

 待たせたな、ハルト!」

「おかえり。

 何事もなさそうで何よりだよ」

「おう!

 ……んで?

 ハルトのダチか?」


 アートスたちに視線を向けながら訊ねるヴェルナさんだが、テーブルに倒れ込むゾンビみたいなこいつらを見て友達と判断したのもすごいと思えた。


「そんなところだよ。

 とりあえず、食事にしようか?」

「それもそうだな。

 おーい、エルナの嬢ちゃん。

 横の席とくっつけさせてもらうぞ」

「はーい、ご自由にどうぞ!」


 ここ最近は常連が増えたこともあって、夕食時は特に混雑するようになった。

 それだけ美味い料理を出す店だからこそ人気になってるわけだが、その分エルナの負担は増え、相当忙しい毎日を送っているようだ。


「アタシらは特になんもなかったが、ハルトのほうはどうだ?

 お前のことだから、色々とやらかしてんじゃないかと心配してたが」

「こっちもほどほどだよ。

 猫探しや"リカラの実"集め、"酔っ払い"を詰め所に送り届けたり"隠れ家"探しに勤しむとか、それくらいだな」

「隠れ家探し?

 聞いたことねぇ依頼が貼り出されてたのか」

「それに関しては結構長くなるから、宿屋で話すよ」

「……お前……」


 呆れたように言葉を漏らすサウルさんだが、それ以上言及することはなかった。

 ああいった言い方をすれば、何かあったことくらいは察してくれるだろうとは思っていたが、どちらかと言えば心配の種が増えたような顔をされた。


「まぁいいさ。

 まずはメシだ!」

「……酒は控えておくか」

「せっかくパルムに着いたばかりなのに、悪いな」

「気にすんな、ハルト!

 アタシもサウルも、依頼完了の報告があったからな!

 さすがにほったらかしたまま旅はできねぇよ!」


 そういえばそうだったな。

 ふたりは俺をハールスからパルムに送る依頼をギルドから受けてたんだと、今更ながらに思い出した。


 それだけ濃密な時間をこの町で過ごしてきたんだな、俺は。

 ……そう、思うことにしよう。


「はーい、お待たせしましたー!

 サウルさんとヴェルナさんはお久しぶりですねー!」

「おう、さっき着いたばかりだ!」

「なんか客多いな。

 もしかして"金羊"か?」

「いえいえ、さすがに今日はないんですけど、代わりといっては何ですが質のいい"クロコティーリ"が入りましたよー!」

「あのワニの魔物のクロコか?

 レピスト湖沼へ向かった馬鹿どもがいるのかよ?」

「詳しくは分かりませんが、業者さんの話によるとこれからは安定した供給ができると言ってましたよ?」

「……安定供給?

 湿地帯には……あぁ、なんでもない」


 今の話だけで何があったのか理解できたようだ。

 心なしかジトリとした目でこちらを向くヴェルナさんの威圧が禍々しく発せられていたが、この感じは"なんでアタシを連れていかなかった"ってところか。

 なんとも彼女らしさを感じさせるが、今回ばかりは急を要したからな。


 あとでしっかりと説明、いや弁明か?

 ともかく話しておく必要があるな。

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