第143話 このままじゃ本当に

「おっしゃー!

 また美味そうなの釣れたぜ!」


 嬉々とした一条の声が左側から届いた。

 どんなことでも楽しめるのが、こいつの特技かもしれないな。



 登録会場から畔に沿って7分ほど歩いた場所にスペースを見つけた俺たちは荷物を下ろし、釣りの準備を始めた。

 周囲にも多くの釣り人がやって来るこの近辺は初心者用の釣り場と言われているらしく、あまり大物は釣れないが小魚は相当数釣れるポイントらしい。


 当然のように釣り熟練者はもっと奥まで離れてから釣ると聞いたが、そこまで行くと逆に邪魔をしてしまうかもしれないと全員で話し合い、一条も反対意見を出すことなく賛同した。


 釣り始めてから10分と経たずにサウルさん、ヴェルナさんの順に小魚を釣り上げ、続いて一条が2連続で釣った今現在、未だに俺の釣竿には手応えを感じない静かな時間が流れていた。


「おいおい、鳴宮!

 そんなんじゃ俺の勝ちだな!

 今夜は昨日よりも美味いメシが食えそうだ!

 夕方までには何匹か釣れるといいな!?」


 楽しそうだな、こいつ。

 にまにまと笑いながら煽りやがって。

 釣り始めてまだ10分も経って……。


 釣竿に手応えを感じ、湖から引き上げる。

 釣り糸を掴んで確認するが、魚はもちろん餌も取られてなかったようだ。


「おっと?

 これはマジで俺の勝ちっぽいな!」

「まだ始まったばかりだろ」


 湖へ餌付きの針を戻す。

 やたらと楽しそうな男の圧を左隣に軽く感じながら、当たりが来るのを大人しく待った。


 しばらくすれば釣れるだろう。


 その考えがいかに甘かったのかを思い知る結果となる。

 ここから同じ思考を1時間近く繰り返すとは、この時の俺には想像もしていなかった。


 *  *   


「すげぇな、ここ!

 ぽんぽん釣れるぞ!」

「……」


 一条とは対照的に、俺は1匹も釣れずにいた。


 魚の気配もある。

 針に手応えも感じた。

 ……なのに釣れなかった。


 何かこいつと違うところがあるんだろうか。

 見たところ、別段変化は感じないんだが。


「お、きたきた!

 ぅおりゃッ!」


 水しぶきを上げながら一条はさらに1匹釣った。

 今度はこれまでの小魚とは違い、結構大きそうだな。


「初めて見るな、こいつ。

 なんて名前なんだ?」


 湖と逆を向き、レイラに魚を見せながら訊ねた。


「……黒い横縞に赤みを帯びたヒレ、緑がかった黄色の胴体。

 23センチ前後の"バルテルスパーチ"と推察。

 甘味と旨味があって、中々の美味」

「美味いのか!

 じゃあ昼は、こいつを調理してる屋台を探すか!」


 魚から針を外し、バケツに入れる。

 随分と手慣れたもんだと感心してしまう。

 それに、彼女の知識は魚にも造詣が深そうだ。


「レイラは魚に詳しいのか?」

「そうでもない。

 湖に住む魚について書かれた本のお陰」


 膝の上に置いた本をレイラは右手で優しくなでた。

 そこそこ厚みのあるものだが、彼女は30分ほどで読み終えたらしい。


「……本は知識の宝庫。

 どんな作品も一度は目を通したいほどに。

 そこそこお高いけど、荒めに書かれた写本なら結構お買い得でおすすめ。

 綺麗な状態なら買った店じゃなくても買い取ってくれる」

「そういや嬢ちゃん、宿屋から会場に向かう途中で露店商から買ってたな」

「……露店に置かれた本は中々興味深いものが多い。

 あの時見つけたのは湖に住むお魚が書かれた本の写しだったけど」


 とはいっても、今回彼女が購入した写本は買った店に返すのがいいようだ。

 雑貨店でも買取はしてくれるが、少し安値になる場合もあると彼女は話した。


「そういや、美味けりゃ審査ポイントも高いって話だな」


 いつも魔物を美味さで判断してる気がするヴェルナさんはレイラに訊ねるが、この釣り大会の採点基準はかなり複雑化されてると受付で聞いた。

 あくまでもお祭り行事だし、子供からお年寄りまで楽しめるように考えられているんだろうな。


「……美味しさの他に大きさや重さ、釣った魚の総数でも減増されるらしい。

 この場所なら釣った魚次第で点数が良くなる場合もあると聞いた。

 初心者用の釣り場でも入賞なら十分届きうる」

「つってもよ、町から離れたほうが大きい魚も釣りやすいんだろ?

 さすがに大きめの魚を大量に釣っても入賞は難しいんじゃねぇか?」


 サウルさんの言うように、この辺りで釣れる魚は大きくても45センチ前後が多いとレイラは話した。


 もちろん大物も気配で感じるし、釣れなくはないはずだ。

 それでも湖畔から糸が届く範囲を超えているから、おびき寄せでもしない限りは釣り上げるのも難しそうだ。


「まぁ、それはいいんだけどよ。

 ……ちょっとリラックスしすぎじゃね?」


 ちらりと後ろにいるふたりを見る一条は、呆れた様子で言葉にした。

 そこには受付会場付近で借りてきた白いベッドチェアと、果物がふんだんに載った青くトロピカルな飲み物を小さなテーブルに乗せてくつろぐレイラとアイナのふたりがいた。


「……たまには休息も必要」


 随分静かだと思ってたら、アイナは眠ってるようだ。

 日頃の疲れが一気に噴き出したのかもしれないな。


 それにしても。

 いい風が吹くんだな、湖畔ってのは。

 こんなに居心地がいいとは思ってなかった。


「そっち側も良かったな」

「なにジジくせぇこと言ってんだよサウル。

 アタシは美味くてデカい魚を釣り上げてやるよ」


 隠しきれない闘志が漏れ出るヴェルナさんだが、釣った数は一条といい勝負だ。

 サウルさんも結構釣ってるが、それでも5匹くらいだろうか。


 対する俺は、未だにゼロ。

 このままじゃ本当に夕食を奢ることになりそうだ……。

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