第144話 勿体ねぇだろうが

 さらに30分ほどが過ぎ、俺の釣り方に問題があることだけは確信が持てた頃、何が原因かを真剣に考え始めた。


 当たりはある。

 だが引き上げると魚はいない。

 針についた餌も取られてないことも多い。

 となると、やはり釣り方以外に思い当たらなかった。


 一条はどうやって釣っているんだ。

 魚が針に食いつくのを待ちながら観察する。


 釣竿の浮きがぴくりと揺れる。

 手応えはあったはずだが、まだ竿を上げないようだ。

 当たりに気が付いていないのか?


 だが次の瞬間、思わず一条の釣竿についた浮きを凝視してしまった。

 浮きが大きく沈み、さらにわずかな時間を空けて言葉にした。


「お!

 きたきた!

 うりゃあ!!」


 ざばんと音を上げながら、大きめの魚を釣り上げた。


 あまりの衝撃に目を丸くした。

 同時に、釣れないはずだと思えた。


 ……そうか。

 そういうことなのか。


「結構デカいな。

 これはマスか?」

「どっちかって言うと鯉じゃないか、それ」

「え、鯉って湖にもいるのかよ」

「それは俺に聞かれても答えられないぞ」


 ここは異世界だし、淡水にいない魚がいてもおかしくはない。

 というか魔物がいるんだから何でもありに思えてしまうが。


「……目の縁がやや紫、黄色がかった褐色の胴体。

 ハルト君、正解に近い。

 それはフェーボリと推察。

 でも湖底に住む生き物を食べるから、泥臭さを消さないと食べられない」

「詳しいな」

「……と、書いてあった」


 レイラは右手を写本の表紙に乗せた。

 ちょこちょこ説明に入ってる"美味いか不味いか"も載ってるみたいだな。


 たとえ不味くても料理人次第で化けることもあるとは思うんだが、ヴァレニウスの住民はとても質素な調理法を好むから、こういった調理に手間がかかる食材は敬遠される気がした。


「泥臭さを抜けば美味いかもしれないな」

「こいつ、提出しないで持ち帰りできる魚の一種か?」

「……たぶんできる。

 でも、ご家庭では好まれないから、リリースしちゃう人がほとんど。

 リリースをするならあまり魚に触れず、素早く湖に返すといい」

「持ち帰りができるんなら、ヴェロニカさんの技術で美味い料理に化けないか?」

「それだ!

 夕飯用に持って帰ろうぜ!」

「お?

 アタシも釣れたぞ。

 どうせなら人数分釣りてぇな!」


 ということは残り4匹か。

 まだ昼前だし、俺も戦力に加わりたいところだな。


 ぴくりと釣竿に小さな衝撃を感じた。

 しかし、ここで引き上げてはこれまでと同じだ。

 きっと釣りってのは、気持ちが急くと釣れないものなんだろう。

 それを証明するかのように浮きが沈み、"引き"を感じさせる衝撃に変わった。


「ここか」


 釣竿を引き上げると、ようやく1匹目を釣り上げられたようだ。

 内心ホッとしながらも、これまでと何が違うのかをしっかりと反復する。


 魚が食い付いたと思って水から釣り針を上げていたが、どうやらそれは間違いだったのかもしれない。

 実際には餌をつついただけで、食い付いたわけじゃないんだろう。

 そこを引き上げていたから今まで釣れなかったんだと思えた。


「おいおい!

 随分と可愛い魚じゃねぇか!」

「1匹は1匹だ。

 これから追いつくつもりだよ」


 釣れたのは12センチ前後の小魚だった。

 餌にするには大きいし、かといってこれを料理にするのはどうなんだろうかと思えてしまうほど小さな魚だが、実際には結構美味いらしいと教えてもらった。


「……パユムイック。

 栄養価が高く、体にもいいと言われる。

 丸ごと油で揚げるだけの簡単調理でお酒のお供にも好まれる食材。

 ムイックは他の湖にも多いけど、この子は固有種と推察」

「だが俺は8匹でお前はまだ1匹だ!

 このままなら俺のメシはお前持ち確定だぜ!

 今日の俺は腹がはち切れるほど食うから覚悟しとけよ鳴宮!

 ぶははは!」


 想像上の魔王みたいな笑い方をするやつだな、こいつは。


 しかし、一条の言う通りだ。

 俺はまだ1匹をようやく釣り上げた程度。

 このままじゃ負けは濃厚なんだが、正直どうでもよく思えてきた。


「よっしゃあ!

 もう1匹フェーボリ来たぜ!」

「……楽しそうだな、一条は」


 こいつの行動を見ていたら、自然とそう感じた。

 思えば、出会った頃と性格は変わっていない。

 再戦の影響で随分と敵愾心のような気配は落ち着きを見せているが、その本質に変化は感じなかった。


 不思議なやつだな。

 確かに釣りは楽しいし、美味そうな魚が釣れると嬉しくなる。

 釣り上げると胸が躍っているのを感じられるし、かなり面白い。


 けど、俺はこいつほど釣りに楽しさを感じてない気がする。

 だから考えていたことが自然と口から出たのかもしれないな。


「んあ?

 なに言ってんだよ。

 どんなことでも楽しまなきゃ損だろうが。

 そもそも、祭りの空気に心が燃えない日本人のほうが少ねぇだろ」


 その気持ちも分からなくはない。

 俺もお祭りと聞くだけで意識はそちらに向く。

 さすがにひとりで回ろうとは思わないが、それでも楽しそうだなとは感じるし、なんだかんだ縁日には毎年遊びに行っていた気がするな。


「どちらかと言えば、"楽しもう"って言葉のほうが適切じゃないか?」

「バッカお前、楽しみつくさなきゃ勿体ねぇだろうが!」

「そういうところは素直に羨ましいと思うよ」

「だろ!?

 もっとお前も楽しめよ!

 帰ったら・・・・、二度と体験できねぇことばかりかもしれねぇんだ!」


 こいつは俺なんかよりも、ずっとこの世界を楽しんでいるみたいだな。

 そう感じる一条の感性そのものに羨ましく思えた。


 きっと今の日本人に、こいつほどの熱量はないはずだ。

 たこ焼きつまんで型抜きして、紐引くクジを素通り。

 金魚掬って射的で景品もらって、りんご飴かじりながら家に帰る。

 そんな、なんてこともない普通の時間を、大切な誰かと過ごす。


 誰だって体験してるはずの王道とも思える縁日の楽しみ方に、"楽しまなきゃ損"だと感じたことのある人はとても少ないような気がした。


 不思議なことを言うやつだと思う。

 まるでこいつは、俺とは違う世界を見てるような気持ちになる。


 ……いや、もしかしたら本当に世界が違って見えてるのかもしれないな。

 そうでもなければ、これほど楽しそうに釣りをしているとは思えない。


 不思議なやつだな、一条は。

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