第101話 深いため息

「……まぁ、ハルト殿への報酬については追々考えるとしようかの」


 そうヒーレラが言葉にしたのは、しばらくの間を空けてのことになるが、結局は結論が出なかったようだった。


 そうなってしまうのも仕方がないと言える。

 ハルトが成した功績は計り知れないほど大きく、パルムの財源から捻出できるのかも分からないと予測されるだろう高額の報酬となるのは間違いない。


 たとえそれがハルトの望まないものだったとしても、これだけ町のために尽くしてくれた御仁を無下にできない以上、報酬を渡さなければ本作戦に参加した冒険者も憲兵も納得しないだろう。

 特に"ポイントⅡ"参加者からは、異議を唱える者も多いはずだ。


「3竦みがいなくなったことによる影響と、森へ調査隊を派遣する必要はあるが、まずは林から沼周辺にかけての調査を優先するべきだろう。

 可能であれば寄せた魔物の討伐と、盗賊の残党がいた場合の捕縛だの。

 "ヴィレムス"の伐採も早期に実行したいところだが、こっちは後回しか」

「すでに冒険者ギルドと林業ギルドが調査隊を派遣してある。

 明日の夕方には報告書を纏めて提出できるはずだ」

「相変わらず仕事が早いのぅ。

 問題は、盗賊と嘯いとる・・・・・・・連中のほうかの?」

「そちらに関してもこの2日聴取を続けていますが、残念ながら成果は得られそうもありません」


 ウルマスはどこか申し訳なさそうに答えるが、それも仕方がない。

 いくら詰問しようと黙秘し続けられない者があんな作戦を実行するはずもなく、自決防止用の道具を外せば自身を即座に終わらせようとする覚悟を持つ相手を前に、現状の憲兵が行える聴取では限界があると言わざるを得なかった。


 これは、彼ら憲兵が悪いわけではない。

 それを重々承知している一同から非難されることもなかった。


 当然のように、ヒーレラは彼らへ話をした。

 そうなるだろうことは確定的だったこともあって、その手段を取る覚悟も決めていたようだ。


「"有事法制"を発令すればよい。

 最優先するべきは町民の安全であって、悪党どもへの配慮ではないからの」


 毅然とした態度で、彼は明確に言葉にする。

 だがその内容はつまるところ、非人道と判断されかねない対処法となる。

 たとえそうだとしても、町民の命とは比ぶべくもないと彼は断言した。


 ここにいる誰もが"その意味"を理解する。

 盗賊だろうと敵国兵だろうと、捕虜が厚遇されることなどありえない。


 捕虜に対する扱いはこの世界において軽視されているが、ハルトの世界で締結されたジュネーブ条約も1860年代のことである点を考えれば、歴史的に浅いと思える世界では当然のように扱われているのも仕方のないことだった。


 まして危険薬物を使用した上に大量虐殺を狙っていた可能性すらある連中の行動からは、とてもではないがモラルある行動を取っている場合ではないと判断されても当然だと言葉にする住民も多いだろう。


 そういった非常に恐ろしく、同じ人間とは思えないほどの異常性を強く感じる凶行に及ぼうとしていたことは間違いなかった。


「連中への対応を含む有事法制発令の決議を明日の正午に執り行うよう計らうから、夕刻の定例会議とは別に参加してもらおうかの。

 憲兵隊は商業ギルドと協力し、危険物の輸送と処分を任せたい。

 さすがに町内で焼くわけにもいかぬ劇物ゆえ、非常に面倒な作業ではあるが」

「構いません。

 即日行動できるよう手配済みで、あとは指示を受けて動くだけになっています」

「パルムには有能な若者が多くて助かるの」


 とても嬉しそうな笑顔でヒーレラは答えた。

 さすがに若者と呼ばれるほど若くもない者が集まっているが、それでも彼からすればまだまだ若輩者に見えるのだろうと一同は思った。


「正式にハルト殿へ感謝を伝えたい。

 都合の良い時間に来てもらえるよう、招待状でも送ろうかの」

「あと数日でサウルとヴェルナが到着するでしょう。

 ハルトにはそれほど時間がないかもしれませんよ」

「では、明日の朝一で連絡を送ろうかの。

 不用意に町民の不安を煽ることなどあってはならないのだから"シピラ"には戒厳令が敷かれているが、ハルト殿に関してもあまり大っぴらにはしないほうが良さそうだの。

 まずは彼の意志を直接聞いておきたい」

「"ポイントⅡ"でのハルトの功績については、その直後に参加者たち全員へ他言無用だと伝えてあります。

 ハルト自身が言葉にしなければ、町民へ伝わることはないでしょう」

「それについては私も信じている。

 口の軽い小僧を選ぶほど目が曇ってないはずだ」


 ランクAの中でも本作戦に参加した冒険者たちは、本人の意思と反してベラベラと話すような者はいない。

 そういった意味でもマルガレータは人選したのだから、問題にはならないはずだと彼女は考えていた。


 ハルトもそういったことを町中で軽々しく話すような性格ではないため、彼自身に不利益となることもなさそうだ。

 むしろ、高額となる報奨金を渡すことのほうが問題に思えてならなかった。


「……さて、報奨金の総額は、いったいどれほどになるのやら……」

「それについては商業ギルドが算出させていただく予定ですが、実際にハルトさんが我々にしてくださった功績を鑑みれば、計算するまでもなく一括では支払いきれないほどの高額になるでしょう。

 持ちきれない金貨の山を渡すこととなれば、かえってご迷惑になりかねません。

 パルムの収益は酒造を含む特産品が主ですが、残念ながら武具の類はそれほど質の良いものを取り揃えるだけの大きな店舗はありません。

 何か金銭とは別のもので、ハルトさんが喜ばれるものをお渡しできると良いのですが……」


 右頬に手を当てながら、少々困ったように話すクロヴァーラだった。


 もし仮にすべての報酬を硬貨で支払うとすれば、それは大きめのカバンでは入りきれない額の金貨を用意する必要が出てくる。

 それこそ、文字通りの意味で金貨の山となるだろう。


 そんなものを旅人に軽々と渡すわけにもいかない。

 しかし、渡さないこともできない彼らとしては難色を示した。


 本作戦前でも決して出なかった深いため息が、自然と全員から溢れる。

 恩人のためにできる最大限のことを模索し始める一同の会議は、それから3時間以上も続けられた。

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