第102話 何よりも嬉しい言葉

 こつこつと足音を静かに鳴らしながら、俺はギルドよりも綺麗に造られたとある建物の廊下を案内人の女性に連れられて歩いていた。


 中央区のさらに中央に位置するこの建物は、やはりと言うべきかパルムの重鎮が集まる場所としても使われるようだ。

 その中でも町のために雑務処理を日夜続けている方が、この先にいる。


「こちらになります」


 笑顔で言葉にした案内人の女性は扉にノックをする。

 どうにも俺はこういった場に慣れないためか、緊張してしまう。


 それもそのはずだ。

 この扉の先には、今回参加した作戦の全面的なサポートを許可した人物たちがいるとあらかじめ聞いていた。


 小さく息をついて心を落ち着かせる。

 だが、室内から届く高齢の男性と思われる声に気持ちが沈んだ。


「失礼します」


 丁寧に、それでいて室内へしっかりと届くように発せられた女性の返事は、俺の取り繕った平常心へ追い打ちをかけた。


 まぁ、これも俺が取った行動の責任と思えば幾分かは楽になる、か。

 そう思いながら、半ば腹を括るように入室した。


「おぉ、ハルト殿か。

 まずはこちらに来てもらいたい」

「はい」


 言われるまま、豪華に思えるソファーへ向かう。

 声をかけたのは好々爺を思わせる、とても物腰が柔らかい男性だった。


 この方がパルムの町長か。

 マルガレータさんから聞いていた通りの方のようだ。

 雰囲気から人格者であることはひと目で分かるが、まさかこの町を預かる者と接点を持つことになるとは、パルムに来る前は考えもしなかったことだな。


 彼の横に座るのは、商業ギルドマスターのクロヴァーラさんだと聞いた。

 こちらも人の好さが表情から読み取れるほど温厚な方のようだ。

 ギルドの長ともなると、鋭い眼光の人物が多いと思っていたが、どうやら俺の思い込みが強かったみたいだな。


「まずは、パルムのために貢献をしてくれたことに対し、多大なる感謝を」


 席に着くと、町長であるヒーレラさんから感謝を言葉にされた。

 想定していたこととはいえ、面と向かって言われるとむず痒い気持ちになる。

 ヴェルナさんなら、きっと俺に同意してくれるだろうな。


「顔に気持ちが表れてるぞ、ハルト」

「まぁ、そうなるだろうなとは思ってたが」

「……あまりに目上の方から感謝されると、さすがにな……」


 どこか楽しそうに話すマルガレータさんとウルマスさんだった。

 とはいっても、町長と面会して平然としてる方がどうかと思うが。


 錚々たる顔ぶれに内心では驚きながらも、俺は冷静に振る舞いながら答えた。


「この町には知り合いもできました。

 パルムを護るための行動を取ったのも、俺自身のためでもあります。

 作戦の要として依頼されたことは驚きましたが、何事もなく解決できて内心では安堵しています」

「そうか」


 とても嬉しそうなヒーレラさんの表情に、少しだけ心が落ち着いた。

 俺が委縮しないように振る舞ってくれたのかもしれないな。


 ……あぁ、そうか。

 だから彼は頭を下げずに対応してくれたのか。

 そんなことをされたら俺は取り乱すように焦っていたはずだ。

 随分と俺は気を使わせすぎていたみたいで、逆に申し訳なく思えた。


「さて、今回ハルト殿に出向いてもらったのは報奨金についてだが」

「それについては辞退させていただこうと考えていました。

 特に危険種の討伐と"帝国兵"と思われる男どもの捕縛、並びに連中の拠点と危険薬物の発見についての俺個人としての報酬金を合わせれば確実にパルムの財政を圧迫することになりますから、初めから受け取るつもりはなかったんです」


 ここは意志を明確に示すべきだと思っていた。

 中途半端な態度では伝わらないはずだ。


 だが、俺がそう答えることも想定済みだったようだ。


「我々もハルト殿に渡す報酬についての協議を重ねていたのだ。

 実のところ、昨日も深夜まで会議が行われたが、結局纏まらんかった。

 金貨での報酬を望むのならそれで良かったのだが、気持ちは変わらないかの?」

「はい、変わりません。

 それでも出していただけるのであれば、全額を寄付という形でパルムのためにお使いください」


 俺が成したことは、単純計算でも莫大な金額になるのは間違いない。

 それを丸々パルムのために使ってもらえるならこの町はもっと良くなるだろうし、何よりも調査に関わる人件費を含む必要経費は相当な額に膨れ上がるはずだ。

 金貨を持ち歩くにも限度があるし、冒険者ギルドに預けたとしても動かない金に意味はなく、使ってこそ経済が潤うものなんだから俺ひとりが抱えても良くない。


 それに俺は金のために動いたわけじゃない。

 危険な連中から町を護りたかっただけだ。


 それがどんなに青臭い理由だと人から言われようと、ここで大金をもらってはパルムの経済が傾きかねない。

 もらう選択なんて最初から考えていなかった。


「……良い目をするの、ハルト殿は。

 芯の通った武人の目をこれほどの若者に見せてもらえるとは、其方の父君による教育の賜物だの」

「……何よりも嬉しい言葉です。

 父もきっと誇らしく思うでしょう」


 多額の報償よりも遥かに嬉しい言葉を言ってもらえた。

 それだけで俺は作戦に参加して良かったと本気で思った。

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