第103話 非常に際どい一線で
「……なるほど。
ハルトは"召喚者"なんだな」
どこか納得した様子で、マルガレータさんは言葉にした。
あまり話さないほうがいいんだが、今回の一件では目立ち過ぎたこともあって、ここに同席する人たちには伝えるべきだと思えた。
上層部にあたる彼らに話しても大きな問題にはならないと判断したのもそのひとつだが、むやみやたらに他者へ伝えるような人はこの場にいないと確信したし、それほど影響はないだろう。
本音を言えば、黙ったままでいないほうがいいような気もした。
パルムで解決したこれまでのことを考えれば、なぜそれほどの力を持っているのかと詮索されるよりは自分から発言したほうが印象も良くなる。
ヒーレラさんにも誠意と配慮を尽くしてもらえたから、誠実でいたかった。
現にそれを知った彼らも驚きはしたが、必要以上に強く追求することもなく、目を丸くしながら興味深そうに聞き続けてもらえた。
相応の資格を持ちうるからこそ、上に立てるものなのかもしれないな。
「"ヒトツバ流"ってのは聞いたことがないが、異世界人であればそれも当然か。
まさか噂に聞く"勇者サマ"ってのと実際に逢うことになるとは思わなかったが」
「いえ、俺は勇者ではなく"追放者"です。
無能を理由に王都を即日放逐されています」
ざわりと室内の気配が大きく揺れる。
そう思う気持ちも分からなくはないが、俺はこの件に関して言えば納得してるんだよな。
「……ふむ。
ハルト殿ほどの武人を追放とは、いささか早計が過ぎぬかの。
国王はいったい何をお考えなのやら……。
ワシには分からぬ謀をしているのだろうか……」
「王都を追放された理由も俺自身では納得しています。
俺には魔力と呼ばれる力の一切を持っていないようですから」
「"魔水晶"による魔力検査だな。
王国はそんなことでハルトを手放したのか。
王に近い場所には必ずレフティ・カイラがいるはずだが、あの女がハルトの実力に気づかず放逐を見守っていたとも思えないが……」
思い返してみれば、確かにひとり白銀の鎧を身に纏った女性騎士がいたな。
気配からは王国最強と感じなかったが、あの時は俺も内心では焦っていたのか。
正常な精神状態でなければ正確に認識できなかったことも十分考えられるが。
だが、王国が欲しているのは"勇者"だったと推察できる。
連中がだらだらと話していた"かつての英雄譚"に登場する勇者はどれも独りだったし、王国に帰還した際も仲間を連れていなかった。
連中からすれば勇者以外はどうでもいいと判断してる可能性も高いが、少なくとも俺が放逐され、一条がもてはやされている理由の仮説くらいは立てられる。
「恐らくは、勇者が所持する強大な魔力を欲しているのではないでしょうか」
そうでもなければ大して調べもせず放逐する理由も、俺には思いつかない。
あの時、質問を2度繰り返したが、それだけで反感を持たれたとも思えない。
何度思い返してみても、歴代最強と言われる"
これについては一条に迷惑をかける可能性があるし、発言は控えるべきだな。
……もっとも、あいつの楽観的な性格じゃ町中で言い触らしていそうだが……。
「……勇者の軍事利用か。
王国側はゼイルストラ帝国と本気で揉める気なのか?」
ゼイルストラ帝国。
知識としてしか教えてもらってないが、ロクな国じゃないことだけは確かだ。
ラウヴォラ王国北東に位置する選民、拡張、覇権主義が根強い危険思想を持つ。
奴隷制度を公に認めている世界でも唯一の国で、男性奴隷は重労働を命が尽きるまで強要させられ、女性奴隷は想像するのもおぞましい扱いを受けると聞いた。
純血種が代々統治する国で、基本"世襲君主制"のため皇帝に座した者次第で最悪な国へと変貌する。
そんな国が内戦も起きず存在し続けてることに驚きだが、恐らくはそうなったとしても確実に対処できる手段を確立しているんだろうな。
それに奴隷を抱えている以上、その国力は他を圧倒するほどの力を有している可能性すらあるし、この王国が無事なことそのものが奇跡なのか?
「世界統一を掲げて征服に乗り出さないことが唯一の救いだが、現皇帝の"ウィルヘルミナ・ファン・クレーフェルト=フォッケル・ゼイルストラ14世"は比較的穏健派のため、侵略行為が行われていないだけなのかもしれないの。
ワシ個人としても生涯関わり合いになりたくない、危険思想を持つ国だのぅ」
「今回の一件も含め、我々憲兵隊は慎重に調べる必要がある。
そういったことも含めて、ハルトには感謝をしてるんだ」
「俺は俺のできることをしただけだよ。
だが、あの魔道具は厄介なものだった。
そういった危険なものを多数所有した上にパルムまで出向いたとすれば、その理由次第ではあまり良くない状況と言える」
「ハルトが技で吹き飛ばしたと報告にあった"ヴェール"か。
色々検証してみたが、光の降り注ぐ場所では効果があまりなさそうだ。
確かに遠目からなら消えたように見えなくもないが、違和感を強く覚えるからそれほど驚異的でもなかった。
問題は、濃霧の中では最大の効果を持つってことだな。
限定的な使い道ではあるが、その効果は絶大だ。
音に敏感なやつか、気配を肌で感じるやつが参加していなければ致命的な不意打ちを食らっていたし、"ポイントⅡ"参加者の中でも数名は失っていただろう。
……どちらにしても、禍々しいものを持ち込まれたもんだな」
視覚を阻害されて反応できるのは、並々ならぬ研鑽を積んだ者だけだ。
当然、俺以外にもあの場にはいたし、盗賊4人の捕縛と拠点捜索に協力してくれた3人の先輩たちがいなければ、俺も拠点探しを諦めていたのは間違いない。
そういった非常に際どい一線でパルムが崩壊していたことも、俺は忘れてはいけないと強く感じた恐ろしい一件だった。
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