第100話 冒険者には好まれない
しかし問題もある。
正確には町長のヒーレラと、冒険者ギルドを預かるマルガレータの問題といったほうがいいだろうか。
「ハルト殿がパルムの救世主であることは間違いない。
危険種3匹の討伐に対してもそれぞれに報奨金を出す必要はあるが、それだけでも本人も目を丸くするほどの高額になるだろう。
さらには町中での盗賊どもの一件と逃げ出した際に捕縛してもらえた件、そして例の頭目とその取り巻き分の報酬と連中の拠点を制圧した件も含む。
……果たして、そのまま渡して良いのかは考えものだのぅ」
彼の言うように、大金をそのまま渡せば別の問題が浮上しかねない。
世の中、金に目が眩む心の弱く醜い連中は決して少なくないし、そういったやつらは一般人からすれば見た目での判別などできずにすり取られる可能性すらある。
悪意に敏感なハルトであれば問題はないが、それ以前の話だと彼は思った。
町を救ってくれた救世主に対し、多額の報奨金を渡すことで別の問題を引き起こさせるなど、それではまるで恩を仇で返すようだと思えてならなかった。
マルガレータも同じことを考えていたんだろう。
彼と出会った時のやり取りを思い起こしながら答えた。
「噂が噂を呼び、ハルトを狙う輩が現われることも考えられるが、サウルとヴェルナが合流すれば西を目指すと聞いた。
他国までは馬車で7日ほどだし、国境を越えれば情報が流れることも減る。
パルムを出るまで我々が配慮すれば、少なからずハルトの力になれるだろう」
「そのつもりで調整をしています。
ハルトたちが出立後から3日は、私とヴィレンが西門詰め所に勤務します。
恐らくは乗合馬車での移動でしょうから大っぴらに礼は言えませんが、軽く挨拶もしたいので元々そのつもりで動いてました」
「……ふむ。
"馬車"、か……」
彼の言葉に苦言を呈したのは、商業ギルドマスターのクロヴァーラだった。
「確かに馬車であれば報酬としての価値もありますが、おすすめはしません。
馬も生き物ですし、飼い葉や水も持ち運ばなければならないです。
サウルさんなら馬の扱いも知識もあるでしょうが、それもこの国に限ってのことのはずですから、他国に向かうのであれば相応の専門的な知識が必要になります。
街道の距離や水源の確保は、その場その場で行おうとすれば命に直結します。
移動するという一点において馬車を利用することは自由度こそ増しますが、それ以上に制限を与えかねませんから、軽々しく渡さないことを提案します」
「確かに、その通りだの」
彼女の話を素直に聞き入れるヒーレラだが、内心では残念に思っていた。
馬車を購入しようとすれば想定外の高額となる場合も多い。
人間のように馬も選り好みせずに食べるのならいいが、そうもいかない。
西に向かうなら、街道を外れなければ生えている草を自由に食べるだろう。
しかし馬車の手入れから修理、厩舎の手配などの手間も必要になる。
車輪はもちろん車軸など、傷みやすい部分へ負荷をかけすぎないように移動しなければならなかったり、周囲に出現する魔物や盗賊についての情報も頭に叩き込まなかった場合は最悪な状況に陥ることも十分考えられた。
「正直、乗合馬車のいいところにも繋がる話だな。
あれなら荷物も最小限で済むし、馬の管理も専属の御者に任せられる。
私もハルトに馬車を与えないほうがいいと判断する」
「……割といい案だと思ったが、諦めるしかないのぅ」
軽く肩を落とす寂しげな町長を横目に、マルガレータは続けて話した。
「"自由"に生きるのが冒険者だ。
護るもんができると窮屈に感じることもある。
それは馬だろうと変わらないだろうな。
高額報酬の代わりとしてはいい案なんだが、冒険者には好まれないだろ。
そういうのは商人や木こりのほうが喜ばれるんじゃないか?」
移動に便利と感じただけで、馬車を手に入れようとするのは間違いだ。
それを使って生業にしている者だからこそ所持できる特殊なものだ。
高額である以上はもらって喜ぶ者も多いだろうが、それも最初だけで相応の苦労も付いてくると必ず気づかされるだろう。
所持する覚悟がなければ後悔する可能性のほうが高いと、ヒーレラ以外の者は思った。
しかし同時に、それ以外での報酬ともなると考え付かない彼らにとって、果たして何を与えれば彼自身に満足してもらえるのだろうかと話が戻ってしまった。
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