第150話 そういうとこなんだよな

 翌日、俺たちはオーサさんに別れを告げ、"湖畔の寝台"を後にした。


 思えば彼女が薦めてくれたからこそ、世界でいちばん美味い食事にありつけた。

 感謝してもしきれないことを俺たちは伝えると、満面の笑みを彼女は見せた。


 お互い別々の道を歩もうとも。

 目指すべき場所が違っていたとしても。

 "高みを目指す"という意味では同じなんだろうな。


 良きライバルで、仲のいい親友か。

 素直に羨ましい関係だと思えた。



 乗合馬車が集まる広場で、一条たちを見つけた。

 どこか嬉しそうな表情を向けるが、早朝に乗合馬車まで来るとは思えなかった。

 大方、夕べにしたはずの別れをもう一度しようと考えたのかもしれないな。


「随分と早い再会だな、鳴宮!」

「そうだな。

 一条たちは結局どこに向かうことになったんだ?」

「あー、それがよ、今度は南の町らしいな。

 なんっつったか……ベルフェゴールだったか?」


 怠惰と色欲を司る悪魔みたいな恐ろしい名前の町だな。


 案の定、間違った名称だったようだ。

 苦笑いをしながらアイナさんは答えた。


「ベーヴェルシュタムですよ。

 別名"風の丘"と呼ばれる、とても心地良い風が吹く町と聞いてます」

「へぇ、なんだか良さそうな町だな」

「ま、結局手紙の配達なんだけどよ、今度は魔物討伐もするらしいぞ」


 そう言葉にした一条は、あまり乗り気じゃないように見えた。

 これまでのこいつなら飛びつきそうな討伐依頼だと思えるんだが、ほんの少しだろうと着実に成長しているようだな。


「嬉しそうじゃないな」

「まぁ、な。

 今の俺にできるかも分からねぇし、今のままじゃ良くないのも理解できた。

 かといって、困ってるやつを放っておくわけにもいかねぇ」


 "俺は勇者だからな"

 一条は小さくも覚悟を感じさせる声色で言葉にした。


 個人的にはまだ戦わせたくないと思えてしまう技量だ。

 勇者、もしくは技術の高い冒険者への依頼だとすれば、相手となるのも相当厄介な魔物なのは間違いないからな。


 今のこいつに何ができるのかと考えたところで、何もできないと答えるしか俺にはできないし、アイナさんとレイラもそれをしっかりと理解しているはずだ。

 多少の無理をしても無茶なことは絶対にさせないから、大丈夫だとは思うが。


「何事にもイレギュラーはつきものだからな」

「……ん、そうだね。

 そのためにもあたしたちが付いてる」

「まずはギルドマスターにお会いして、しっかりと話を伺った上で判断しようと思います」


 これまでの記録では、この国で凶悪な魔物や盗賊団の報告はないとふたりもギルドで確かめているらしい。

 となれば、それほど強くなくとも厄介な魔物が出没したのかもしれないな。


「無茶するなよ?」

「あったりまえだ!

 俺にもしものことが起きれば、それこそこの世界の人たちに迷惑をかけることになるだろうが!」

「そうだな」


 内心ではそう答えるだろう言葉が返ってきたことに、嬉しさを強く感じた。


 そういうとこなんだよな、こいつのいいところは。

 言動が幼かったりしても、その根幹はいつだって"勇者"だった。

 だからこそ光属性魔法を扱えるのかもしれない、とも思えてしまう。


「何かあれば俺を頼っていいぞ。

 何も変わらないことだってあるし、何の力にもなれない場合もあるだろうけど、それでも俺にできることも少なからずあるはずだからな」

「…………」


 しばらく沈黙したまま考え込む一条だった。

 珍しいこともあるもんだと思っていると、いつになく真面目な顔をこちらに向けて言葉にした。


「……昨日の夜からずっと考えてたんだけどよ、俺に勇者としての役割があるように、お前にも絶対何かあると思うんだ。

 でもなきゃ強制召喚に巻き込まれた被害者ってことになるんだが、俺にはどうもしっくりこないんだよ」

「そんなもんじゃないか?」


 俺からすれば、そっちのほうがしっくりくるからな。

 でなければ同世代の男とか、何か共通点があったことで引っかかるように世界へ降り立ったのかもしれない。


「いや、違うな」


 俺の思考を否定するような一条に驚かされる。

 普段のこいつには持っていない洞察力に思えた。

 それほど表情に出ていたとは思えないが……。


「同世代とか日本人とか、お前と俺の共通点はたくさんあるだろうさ。

 でもな、そのどれもが俺は偶然だと思えないんだよ。

 そもそも何でお前がこの世界に来たんだ?」

「だからこそ巻き込まれたんだろ?」

「違う、違うぜ鳴宮。

 そこまで武術を高めたやつが、日本にいったい何人いる?

 1億2千万人も暮らす日本で偶然選ばれたり巻き込まれたりするなら、それこそ一般人が呼ばれる可能性のほうが遥かに高いんだ。

 じゃあ、武術経験者でこの世界に降りる確率はどのくらいだ?

 そいつは危険種を単独で倒せるほどの技術を持つのか?

 体術で武器が効かない魔物を殴り倒し、殺意を込めて襲ってくる連中を軽々と退けるやつがこの世界に降り立つことなんて、そもそもあるのか?」


 ……正直、あまり深く考えなかったことだった。

 勇者が持つ"光属性のスキルなし"を理由に王都を追放されたと思っていたからか、それほど悲観的に感じなかったことが大きいのかは分からないが、少なくともこれまで一度も考えないどころか思いつきもしなかった俺自身に今更ながら疑問に感じた。


 だとすると、それはつまるところ……。

 その答えを一条は俺よりも先に口にした。


「お前も俺と同様に何か・・を持ってんだよ。

 それが何かは分からねぇし武術的なものかもしれねぇけど、少なくともこうして世界に降り立ったのは偶然だとは思えねぇよ」


 一条の言葉に、俺は反論できずに固まった。

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