第182話 そこまでアホじゃねぇよ
正直、どれくらい歩いたのかも覚えてねぇ。
30分以上歩いたのかもしれねぇし、たった5分のことなのかも分かんねぇ。
ただ、その違和感に気付いたのは、かなり遠くからだった。
「なんだ、ありゃあ」
「……何か見えるの?」
「ふたりには見えねぇのか、あれ」
指をさしながら聞いてみても、ふたりはピンと来てねぇのか?
「あんなにハッキリ見えんのに?」
「私には何も見えませんね。
何かあるんですか?」
「……あたしも見えないし、何も感じない。
もしかしたら"勇者"にしか知覚できないのかも」
「近くって、なに言ってんだよ。
まだまだ遠目で見える距離だぞ」
……なんだ?
またなんか踏んだのか?
その、物凄く可哀想な目はやめて欲しいんだが?
精神力が激つよの俺でも、そろそろ本気で泣くぞ。
「カナタには、もっと集中して言葉を覚えてもらわないといけないようですね」
「……あたしもそう感じた。
このままじゃ本当に"あほの子勇者カナタの伝説"が後世に語り継がれる……」
「なんだよ!?
言うほどアホじゃねぇだろ!?」
なんでそんな疲れた顔すんだよ!?
そんなひどいこと言ってねぇだろ!?
「カナタの世界では"義務教育"と呼ばれる制度があるそうですね」
「ん?
あぁ、あるな」
「……6歳から15歳まで一般的な教養を学ぶとハルト君が言ってた」
「そうだな」
……なんだよ。
なにが言いたいんだよ。
「……カナタ、ひょっとして元の世界ではあまり文字が読めない子だった?」
「そこまでひどくねぇよ!」
さすがに涙が出そうになった。
勉強は嫌いだったし、高校も底辺からふたつ下だったけどよ、ダルくても毎日登校してたんだぞ。
運動部からは歓迎されてたし、ワルいこともしてねぇ。
確かに品行方正じゃなかったけどよ、そこまでアホじゃねぇよ……。
「……ごめんね、言い過ぎた。
この世界では識字率が低いから思ったんだけど、カナタを傷つけちゃったね。
悪気はなかったことだけは信じて?」
「……別に……」
言葉が出ねぇ。
結構ショックだったのか、俺……。
……いや、そうだな。
嫁に言われたら、そりゃショックだよな……。
……もう少し真面目に勉強するか……。
「んなことよりも、あれだよ、あれ!
こっからでもハッキリ見えるくらいの"なんか"があるぞ」
「……"なんか"って言われても、あたしたちには見えないから、もう少し具体的な表現で話してほしい」
具体的?
……具体的か。
でも、なんて表現すりゃいいんだ、あれ。
「……薄い黄色で透明の膜、か?
なんか向こう側が透けてんだけどよ、こっから見えてるだけでも相当広く広がってるぞ」
「とりあえず、近づいてみましょうか」
「……そだね。
カナタは周りを注意深く確認して。
他にも何かあれば教えて欲しい」
「おう!」
……とは言ったが、他には何も見えねぇな。
ただ、黄色い膜に近づくにつれて、何かぞわぞわしてきた。
「この先、5メートル、か?
そんくらいのとこにソレがあんぞ」
「……やっぱり何も感じない。
ということは、"勇者"にしか分からない仕掛けかも」
「仕掛けってどんな?」
「そうですね、例えば魔道具でしょうか。
もしかしたら人を遠ざける効果があるものかもしれません」
「あー、つまりあれか?
こいつが"人を惑わせてる正体"ってことか?」
確か、リンドルホム……だったか?
ギルドのねーちゃんが言ってた"迷いの森"ってやつの原因がこれなのか?
「……恐らくはそうだと思う。
けど、ハッキリ見えるってことは、色々と問題事も増える」
「こいつが消えれば迷わなくなるんだろ?
そんなら消せばいいだけじゃねぇの?」
「そう単純な話でもないんですよ。
これを消した瞬間、何が起こるか分からないんですから。
ともかく見えるのなら、先に進めるか試してみましょう」
「別の場所に出るって聞いたけど、いいのかよ?
森をひたすら歩き続けんのはごめんだぞ?」
「それならもう一度試してみればいいだけですよ」
……うへぇ、面倒な話になってきたな……。
今日はへとへとになるまで歩くことになりそうだ……。
「……どう?
さわれる?
痛くない?」
「痛くも痒くもねぇな。
なんか軽く触れる程度で、普通に通り抜けられそうだぞ」
ぽよんぽよんしてて、なんか気持ちいいな。
こいつでベッド作ったら、朝までぐっすり眠れそうだ。
ひっぺがして持って帰れねぇのかな、これ……。
「……また変なこと考えてる」
「ダメですよ、持って帰ろうなんて考えちゃ」
「でもよ、こいつの手応えがふわふわぽよぽよしててよ、気持ちいいんだ」
色々試してみたが、結局触れるだけで掴むことはできない不思議素材だった。
雲の中で眠ってるようなベッドが作れる気がしたんだけどなぁ。
「ま、掴めねぇなら仕方ねぇか」
「……よかった、諦めてくれた。
じゃあ、先に進も?」
「そうだな。
でもよ、このまま進んで大丈夫なのか?
"迷いの森"なら、もっと慎重になるべきじゃねぇの?」
「カナタにしては珍しいですね」
「……その気持ちも分からなくはない。
けど、進まないと分からないこともある」
「それもそうだな。
そんじゃ、行ってみようぜ!」
手応えは感じたが、入る時は特に抜けたと思えるような感覚はないんだな。
いったいなんなんだ、これ。
バリアにも見えるんだが、ふたりには説明しづらいし。
まぁ、問題なくふたりも通り抜けられたみたいだし、どうでもいいか。
* *
しばらく歩くと、異様な場所に出た。
その見た目から確信した俺は言葉にする。
ようやく俺も勇者っぽいことができそうだ!
「とうとう見つけたぜ!
"魔王の痕跡"!!」
剣を抜いて肩に乗せる。
意味はないが、このほうがカッコいいからな!
「こいつがあのおっさんの言ってた"闇の波動"の正体だな!
そんじゃ、さっさとぶっ壊して町に帰ろうぜ!」
「……待って、カナタ」
「んぁ!?」
なんだよ!
せっかく気合入ってたのに!
気持ちが萎えただろうが!
「……カナタ、あれに手を出しちゃダメ」
「……そんなにヤバイのか、あれ……」
よく見ると、闇のオーラみたいなもんで覆われた壁にも見えた。
どっちかっていやぁ、あれは"魔王城の壁"、か?
まさかあれを壊せば怒り狂った魔王が飛び出してくんのか?
……だとするとまずいな。
俺にはまだ魔王を倒せる力があるとは思えねぇ。
せめて鳴宮から涼しい顔をなくすくらい強くならねぇとな。
「とりあえず作戦会議しようぜ。
このまま放置すんのが大丈夫なのかも……って、どうしたんだ?」
「誰か来ます」
……来るって、壁の中からか?
お、おいおい、どうすんだよ!?
魔王の下っ端に見つかったのかよ!?
それとも魔王本人が直接襲ってくるのか!?
警戒しながら、ふたりが見ている方向を見る。
人影らしきものが見えると同時に俺は固まった。
「…………んだよ……」
「これに"勇者の力"を使うな」
「なんでお前が
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