第119話 格上げする技術
「……すげぇな……ここの料理は……」
ぽつりと呟いたサウルさんの声が耳に届くが、俺もヴェルナさんも凍り付くように手を止めていた。
確かにおすすめの店だと、宿屋の店主であるオーサさんから聞いた。
だがそれはあくまでも、料理が美味いと思える範疇での話に留まると考えてた。
しかし目の前に並ぶ料理は、どれもがその一線を軽々と超えたものだった。
注文は店主が仕入れた食材から作られる料理や、店主の得意とする料理が出されることが多いのが、この世界では一般的な料理店の形式だと学んだ。
これまでに訪れた料理屋も、店主自らが吟味した食材で"その日のいちばん美味いと思える料理"を出していただろうことは、店を出る時の満足感で満たされた気持ちからも確信してる。
みんな最高の食材を、最高の料理でもてなしていたのも間違いじゃない。
だがこの眼前に置かれた料理は、その領域を超えたものだと確信した。
素人でも理解できる技術力の高さが味に、
これは間違いなく一般料理の次元を超えた、一流料理店の味だ。
なのに、違和感が拭えない。
これほどの味で行列ができないなんて、ありえない。
おまけに店主であるヴェロニカさんは、客の好みに合わせて塩加減を調節するこのできる人だった。
"この店限定の特別なサービス"があるとはオーサさんから聞いていたが、忙しい食事時にできるとはとてもではないが思えない。
それを可能とするのが、店主の持つ料理技術の高さにあるんだろう。
「……前にこの町に来た時は、こんなに美味いものが食えなかったな……。
確かにこの店には来なかったが、それでもこんなに美味い料理を食える店があったなんてな……」
「それは食材がとても良質なことも大きいんですよ」
心の声を外にもらしたようなヴェルナさんに答えた店主のヴェロニカさんは、とても嬉しそうな笑顔で横に立ちながら言葉にした。
満足げにも思える表情を見せた彼女だが、辻褄が合わないと思えたのも仕方のないことだった。
「い、いや、これはその範疇を明らかに超えてるぞ。
俺も多少なりとも料理はするが、さすがにここまでのものは出せない。
いくら湖が綺麗で、そこに住む食材も最上のものが手に入るとしても、だ。
それだけでこれほど美味い料理は作れねぇと俺には思えるんだが……」
言葉が続かず、サウルさんは凍り付くように動きを止めた。
彼の言うように、最高の食材だろうとこれほどの料理にはならないはずだ。
ヴェロニカさんが体得した料理技術の高さにあることは疑いようもないが、本当にそうなんだとしたら腑に落ちない点が出てきた。
「……俺も何度か一流と呼ばれる料理店に足を運んだことはあるが、そこで出される料理と同等かそれ以上のものだと思えてならない。
もちろん俺は素人だし、料理に対して造詣が深いわけでもなければ、正しく味を評価するなんてこともできない程度の知識しか持ち合わせていないが、それでもこれほど美味い料理を出して行列ができない理由が思いつかないよ」
自然と料理に目線が向かい、凍り付いく原因となった味を思い起こす。
3枚におろしたニシンをパン粉で焼いた料理。
添えられたマッシュポテトに、味付けはリンゴンベリージャムのソース。
香り豊かなバターが食欲をそそらせるサクサクとした衣の付いたニシンに、甘酸っぱいソースが絶妙なアクセントとなる味で食べた者を心の底から幸せにさせる。
添えられた甘エビと人参のスープもそうだ。
様々な香辛料とハーブを巧みに使い、人参とエビに玉葱などから出た野菜のとても優しい甘みが加わり、えもいわれぬ極上のスープに仕上がっている。
だが、この料理の真価はそこじゃない。
素人だろうと分かる凄まじさは、そこじゃないと確信した。
料理の統一感。
一言で表すならそれに尽きる。
多種多様な香辛料や野菜をふんだんに使えば味に深みや旨味は出るが、逆に違和感を覚えやすくなる気がする。
それは雑味に思える邪魔な香りや臭みになりかねない。
鼻を突き抜ける強烈な香辛料を感じる料理もそのひとつだと思えた。
それでも美味い。
そう言えるのが"一般的な料理"なんじゃないだろうか。
しかし出された料理には、一切の淀みを感じない。
口にした者へ強烈な味や香りをまったく感じさせなかった。
どんなに粗を探したところで素人には見つけられるはずもなく、ただただ純粋に美味いとしか言いようのない素晴らしい料理だ。
そしてそれは、武術にも通ずると思えた。
心技体。
そのすべてが一体とならなければ意味がない。
限界まで技術を高めるだけでは到達できない領域がある。
この料理には、それを強く感じさせた。
妥協することなく、時間を惜しむことなく研鑽を高め続けた方が作る"極上の料理"はこれほどまでに凄まじいのだと、教えてもらえたような気がした。
一般の大衆料理を一流店の味にまで格上げする技術。
彼女の調理技術は、間違いなく達人級だと断言できた。
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