第283話 その身に刻み込め

 魔王が反応するよりも先に、俺たちは動き出す。

 左右から挟撃するように迫りながら、俺は春月を抜き放つ。


 その動作に反応を見せた魔王に、俺の攻撃を嫌がってるのだと確信する。

 当たれば確実に硬直させられると一撃を食らっただけで気付かれたが、問題はそこじゃない。

 "当たった瞬間にどうなるか"を理解した時点で、それは重い枷となる。


 だからこそ、俺の攻撃を強く警戒する。

 それが何を意味するのか、その身に刻み込め――。


「おらぁッ!!!」


 動きを読んでいた一条は、背後から強烈な一撃をぶち当てた。

 大きく前のめりになる魔王へ、体勢を低くしながら居合の構えをする。

 すぐさま対処しようと動きだし、攻撃を回避しようと後ろへ大きく飛び退いた。


 鋭い気配を込めれば、相手の行動に制限をかけられる。

 当然、このまま刀を放てば確実に凍り付かせることができるからな。

 それを理解しない阿呆なら、とっくに決着はついてただろう。

 その行動すら予測した一条は背後に回り込みながら剣を振るう。


「見え見えなんだよッ!!」


 振り下ろしから切り上げの二連撃を直撃させた。

 恐らく、攻撃を当ててくる相手と戦うのは初めてなんだな。

 気配ではまったく分からないが、行動に拙さと迷いを感じる。


 それはそうだろう。

 物理的な攻撃に完全な耐性を持ち、魔法に関しても護りは鉄壁。

 唯一効果的なのは光の魔力を込めた一撃のみだと理解してるはずだ。


 なのに、俺の攻撃が当たる。

 無能だと嘲笑っていた男の斬撃が。

 それも相当の威力を感じさせる一撃を。


 一般的な思考を持っていれば、それがどれだけ異質なことなのか。

 同時に、ほぼ完ぺきと思える耐性を貫いてるんだ。

 混乱状態に陥っても不思議じゃない。


 想定外。

 相手の立場からすれば、この一言に尽きる。

 だがそれは、俺たちにとってはこの上なくありがたいことだ。


「まだまだあぁッ!!」


 追撃する一条は叩き潰すように大剣を振り下ろし、頭から腰の闇を霧散させた。

 今のは初撃と同じくらいの力が込められていたから、相当効いたはずだ。

 ぐしゃりと体を強引に変化させられたまま声にもならない不快な音を汚らしく奏でる魔王へ、俺たちは距離を詰めた。


 瞬間、強烈な気配を感じ取り、大きく後ろへ下がった。

 魔力を暴発させたかのような衝撃を肌に感じさせた。

 今度は一条もはっきりと感じられたみたいだな。


 衝撃が収まると同時に詰め寄り、大振りの攻撃を見せる。

 しかし、その攻撃は放たれることがないとさすがに理解したようだ。

 本命が一条の一撃だと判断し、意識を俺から変更する。


 一条の攻撃に合わせ、鋭くカウンターを放つ。

 これなら直撃すると思ったんだろうが、意識をこちらへ向けさせる手段はいくらでもあるんだよ。


「――舐めすぎだ」


 たったの一言で、魔王の攻撃に淀みが生まれる。

 刹那と言えるほど短い、とてもわずかな時間だが、それだけ間が空けば俺には十分だ。

 "紫電一閃"を確実にぶち込み、天を仰ぐように硬直した魔王へ、一条は渾身の一撃を放った。


 左肩から左足まで、魔王の姿を象っている闇を吹き飛ばす。

 それほどの威力を受けて、なおも倒れないことにはさすがに驚いたが、確実に効いているのが手に取るように分かった。


「……はぁっ! ……はぁっ!」


 息を切らす一条だが、魔王は確実に弱ってる。

 回復速度が極端に落ちているし動きも遅くなっているな。

 ここが正念場だ。


『…………われは……しぬのか……』


 呼吸を整えながら力を溜めた一条は、止めの一撃を放ちに向かう。

 その揺らぎのない真っすぐな姿勢に美しさすら感じた。


 こんなやつの言葉など、聞くだけ無駄だ。

 それよりも、できる限り早急に斃すことに集中する必要がある。

 一条の攻撃を当てる直前に刀を通せるように接近し、タイミングを調整する。


『……そうか……われは、死ぬのか……。

 それは……愉快だな――』


 おぞましい気配が魔王から強烈に放たれ、思わず足を止める。

 顔の輪郭すら分からないのに、大きく口角を歪ませた姿が見えた気がした。


 一条も同じように禍々しい何かを感じ取ったのか。

 その場に留まり、光の力を溜めたまま警戒していた。


 ……なんだ、今のおぞましい気配は。

 ただの悪あがきとは、とても思えない。


 魔王を注視しても動き出す様子はない。

 追い詰めているのは間違いないはず。

 それなのに、止めを刺しに向かえなかった。


『……クフ……フハハ……』


 気色の悪い音が闇から発せられる。

 その様子から、女神様の話を思い起こした。


 ……そうか。

 俺たちの常識では計れない相手だったな。

 たとえその身が朽ちようと、死で怯えるやつじゃない。

 それすらも愉悦に浸るための要素でしかないのか。


「迷うな一条!!

 確実に決めろ!!」

「――おう!!」


 魔王との距離を一気に詰める。


 この紫電一閃で最後だ。

 春月は次の一撃で砕けるだろう。

 ここで決めなければ、俺にはもう何もできない。


 ――すべてを振り絞れ。

 この一撃に、これまで経験してきたものを込めろ――。


 "明鏡止水"での超高速攻撃を魔王に放つ直前、眼前の空間にヒビが入った。

 強引に足を止め、勢いがなくなった瞬間に後ろへ飛び退く。


 一条も違和感に気付いたようだ。

 同程度の距離を開けたまま、問題の場所を凝視した。


 ひび割れた空間が甲高い音を立てながら弾け飛び、漆黒の闇から何かが這い出してきた。

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