第282話 やってくれるわね

「……増援はなさそうね」

「……はい」


 小さく息をつきながら言葉にしたクリスティーネに、レイラは端的に答えた。


 彼女たちの眼前に転がる人の容姿をしてる人ならざるもの・・・・・・・を一瞥する。

 強烈な一撃を確実に入れたのだから、逆に起き上がられても困るとふたりは考えていた。


「……もう少し階段を壊しておこうかしら」

「……騎士団に合流されも面倒です。

 1階まですべて落としておけば、多少の時間は稼げるかと」

「……そうね」


 短く答えたクリスティーネは、魔力を強く込めて階下へ放った。

 作り出された氷塊は、周囲を軽く振動させながら階段を落とした。


 こうしておけば、少しは安心かもしれない。

 しかし、先ほど相手にしたヒトモドキは力や瞬発力こそ騎士の強さを圧倒していたが、反応速度や判断力といった思考を使うことは苦手としているように思えた。


 魔法も通じたことから、魔術師団員でも冷静に対処すれば倒せる相手だ。

 それが意味するところに、どうしても首を傾げざるを得ないふたりだった。


「……クリスティーネ様。

 モドキは大した足止めにもならない相手です。

 もしも仮にあたしたちを分断させることが目的ならば、もっと強力な相手を大量に出せば済む話。

 それこそ逃げられない場所で挟撃すれば、より効果的のはず。

 ……いったい、何が目的なのでしょうか……」


 レイラの推察はもっともだと思いながら、クリスティーネは何かに引っかかっていた。

 明確に答えの出せないその違和感は彼女の脳裏から離れず、ただただ不気味さばかりが際立っているようにも感じられた。


 実際、何か目的があるとすれば、戦力を分散させることだろうか?

 もしそうであるのなら、相手の強さを計った上で策を弄するはず。

 そう考えたクリスティーネは、ある推察に行き着いた。


「……魔王はこちらの理解の範疇を逸脱する相手。

 わたくしたちを陥れることに愉悦を感じるのだから、一般的には強いと思われるモドキを倒させた上で絶望に堕とす、とかではないかしら?

 ……となると、もしかしたら――」


 強烈な悪意をふたりは感じ取り、意識を3階フロアへと瞬時に向けた。


 そこにあったのは揺らめく闇。

 おぞましい暗黒は、徐々に人の形を象り始めた。


「……あらあら、今度は魔術師モドキかしら?」


 ため息まじりに言葉にしたクリスティーネは、闇が持っている武器に注目する。

 大杖持ちと魔導書持ちの小柄な闇が2体だけのようだが、これまでの敵とは明らかに異質な気配を感じた。


「……クリスティーネ様……まさか、これは……」

「……どうやらそのようね。

 やってくれるわね、本当に。

 性根の腐りきった相手に何を言っても無駄でしょうけれど……」


 普段の彼女からは考えられないほど強烈な悪感情が放たれる。

 同時に、レイラも同様の気配を周囲へ強く溢れさせていた。


「……笑えないわ、魔王……。

 叶うのなら、わたくしの手で消滅させたいわ……」


 ゆらゆらと体を揺らし、凄まじい悪意を垂れ流しながらゆっくりと迫る2体の闇と対峙したふたりは、激しい怒りと嫌悪感を剥き出しにしたまま杖を構えた。


 *  *   


 時を同じくして、レフティとアイナの眼前にも似たような存在2体との邂逅を果たしていた。

 彼女たちと相対するのは、片手剣と大盾を持った闇と細剣と丸盾の闇だ。



 そして、ヴァルトとヴェルナがいる謁見の間の手前にある部屋でも、似たような存在が出現していた。

 こちらの闇は両手剣と双剣を持った2体のようだが、そこからすべてを察したふたりは、強烈な嫌悪感を覚えていた。


「……本当に、最低最悪のクズみたいだな……」

「……全員、アタシらと同じ気持ちなんだろうよ」


 そう言葉にしながらも、ヴェルナは叶わぬ願いを口にした。


「……アタシも魔王と戦えたら、こんな気持ちも発散できたのにな……」

「……だな。

 俺も今、同じことを考えた」


 眼前に迫る闇2体との距離をふたりは瞬時に詰め、鋭く武器を振るった。



 *  *   



「――てめぇッ!!

 みんなに何しやがったッ!!」


 怒りを爆発させたかのような咆哮を放つカナタ。

 ある可能性に行き着くハルトは血の気を引かせる。


 もし仮にその推察が正しいのならば、みんなにとって最悪な敵となるだろう。

 そう考えながらも何の対策も取れない彼としては、仲間を信じて一条のサポートに徹することしかできなかった。


 それでも彼は確信する。

 出現した敵に驚きこそすれど、負けることなど絶対にありえないと。

 彼らの眼前にも同じように現れた闇が放つ気配に、違和感を強く覚えるからだ。


 大剣に近い長さの剣を片手に持ち、肩から膝まで護れるほどの大きさがある騎士盾を装備する闇は、明確な殺意を向けてふたりに迫る。


 まるで大柄な男性にも見えるその闇をけしかけた魔王は、ふたりの神経を逆なでさせるような声色で言葉にした。


『……クハハハ!

 これ以上愉快なことが、かつてあっただろうか!』


「……クズが」


 小さく言葉にしたハルトは、春月を静かに鞘へと納めた。

 出現した闇の首と思われる場所が横にスライドし、そのまま倒れ込む。


 品性をまるで感じさせない声をあげ続けていた魔王はぴたりと止まり、無言となった。


「……鳴宮、お前……」

「魔王の手駒として利用されるんじゃ、英雄の魂・・・・が穢れてしまう。

 俺にできることは、命令を強制される前に空へ還すことくらいだけだからな」

「……え、英雄……?

 ……その闇は……まさか……」


 倒れ込み、闇の欠片が剥がれ落ちながら空へと溶け込んでいく存在へ視線を向けながら、カナタは目を丸くする。


 もう彼の中で答えは出ているのだろう。

 それでも、ハルトはその名を言葉にした。


「エドゥアール・ラヴァンディエ。

 かつて魔王に挑んだ10英雄の中でも隔絶した強さを持つと云われる、世界最高の騎士だ」


 彼の言葉に、なおも無言を貫く魔王は動かない。

 放心してるようにも見える相手へ、ハルトは口角を上げながら答えた。


「10英雄を出せば俺たちを倒せるなんて、まさか思ってないよな?」


 そして彼は続ける。

 強烈な悪感情を込めた威圧を放ちながら。


「俺たちの仲間を舐めるな、クズ野郎」

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