第96話 そんなこと可能なのか

 地面に手を置き、伝わる振動に集中する。

 どうやら、通常の魔物とは違うようだ。


「一定間隔の振動を感じる。

 ……二足歩行で走ってるな」

「ぶ、ブラストボアじゃねぇのか!?」


 確かに作戦概要で聞いた話じゃ、いちばん近いのはボアだと聞いた。

 誘き寄せないように細心の注意を払って魔物寄せを使ったし、気づかれることも想定していたが、あくまでもボアに対してだ。


「手のひらに響く感覚は四足じゃない。

 巨大な人間のような走り方に思える」

「……"グランドオグル"か。

 位置を考えればブラストボアのはずだが、僕たちは奴の術中に嵌ったようだな」


 この場所からいちばん遠いと言われていたオグルが真っ先に襲来するとは、さすがに想定外だった。

 どうやら、男の策略にまんまと嵌められたようだ。


「れ、冷静に分析してるんじゃねぇよヴィルヘルム!

 上質な魔剣なんて持って来てねぇぞ!?」


 いわゆる高品質の魔剣のことか。

 強力な魔力が込められた武器じゃなければ傷つけるのも困難のようだ。


 通常のオグルであれば討伐に支障はないが、この周辺では確認されていない。

 こちらに迫るのは、特殊な魔物と分類される"グランドオグル"だ。

 斬撃、刺突に強い耐性を持つ表皮は非常に硬く、並の武器を通さない。

 強力な魔剣か、遠距離での魔法攻撃で倒すのがセオリーだと聞いた。


 反面、衝撃や殴打には軽減される程度でダメージが通るそうだが、戦槌のような重量で叩きつける武器は持ち前の身体能力と反射神経から避けられやすい。

 格闘術は対人戦に有効とされるが、魔物に対して危険領域に足を踏み入れることはあまり見られないとも聞いたから、この場にいる高ランク冒険者の中でもオグルを殴り飛ばせるような技術は持っていないみたいだな。


 それほどの魔物に対策を取っていなかったのは、あくまでも捕縛対象が盗賊団の頭目であって魔物の討伐ではなかったためだ。


 特にグランドオグルは森の最奥近くに巣を造り、林まで来たとの報告はこれまで挙がっていない。

 たとえ来たとしても北東に位置する場所へ来るはずなので、西側の作戦開始地点付近へ来るとは想定されていなかった。


 そこまでの思案を巡らせると、ある仮説が頭をよぎった。


「……いや、姿を消す魔道具が魔物にも気付かれにくいとすれば、森の最奥から徐々におびき寄せることも可能かもしれない。

 濃霧が発生するこの場所にオグルを呼び寄せることができるなら、他の2匹も触発させつつ、俺たちに3匹をぶつけられると判断したのか」

「どういうことだ?

 オグルと遭遇して俺たちが戦うと確信していたとは思えないぞ。

 仮に俺たちがここを離れると判断していたとするなら大きな疑問が残る。

 それじゃ、まるでこの場所から俺たちを遠ざけようとしてるみたいじゃないか」

「その可能性は高まったと俺は推察するよ」

「お、おいおい!

 こんな時に話してる場合じゃねぇだろ!?

 さっさとここから離れねぇとオグルに気付かれるぞ!」

「落ち着け、アウティオ。

 あまり大声を出すと、それこそ呼び寄せるぞ」


 作戦開始直前に俺の態度を注意しようとしてくれた先輩は少し心配性にも思えるが、武器が通じない上に魔術師を多数連れていない現状では正しい判断だろうな。


 しかし、それはやめておいたほうがいいような気がした。

 不吉な予感を感じる以上、ここで倒した方がいいんじゃないだろうか。


 それに、もし本当に俺たちを遠ざけようとしているのなら、倒さない選択は取らないほうがいい。


「……一直線にこちらを目指してる。

 俺たちを認識してるとは思えないが……妙だな、この感覚は。

 まるで周りが見えていないような動きだぞ。

 このまま下がればオグルがどこに行くか予想もできないこともあるが、最悪の状況を想定すればここで倒したほうがいい。

 仮に何らかの薬物でオグルの行動が制限されているとすれば、それこそ何が起こるか分からない」

「一度町に戻って態勢を立て直すべきじゃないか?

 戦うつもりなら僕も手伝うが、さすがにダメージは当てられないぞ」

「いや、手助けは感謝するけど、今回は俺ひとりでも十分だと思うよ。

 打撃は軽減される程度で通用するって話だから、単純に殴り斃せばいい・・・・・・・

「まさか、体術で倒すつもりなのか、ハルト。

 ……お前が強いのは理解してるし、盗賊を圧倒できる技術を持つのも分かるんだが、そんなこと可能なのか?

 オグルの情報しか知らないだろう?

 初見で戦うには、さすがに危険だと思うが」


 ウルマスさんは心配しながら訊ねるが、ここで下がると良くない気がした。

 勘としか言いようのない曖昧なものだが、少なくともこの場で倒せるならそれに越したことはない。


「グランドオグルだけじゃなく他の2匹も迫っているなら、倒した方がいい。

 現状だと三竦み状態が功を奏して距離を放したままこちらに向かってるだろうから、1匹ずつ確実に倒すことができる」

「それは乱戦になる前に討伐できることを想定しての話だろう?

 時間をかけ過ぎれば最悪の状況になるぞ」


 そうはならないよう早急に倒せばいいだけだが、これに関しては口で説明するよりも"あの話"を伝えたほうが説得力が遥かに増すだろうな。


「俺はトルサ、ハールス間の街道で"ティーケリ"を単独撃破してる。

 ハールス冒険者ギルドに素材を売ったから討伐証明もできるぞ。

 あれ以上に硬ければ少し面倒だが、その場合は格闘術で倒せばいい」


 その内容は、周囲をどよめかせるには十分だった。

 上位の冒険者であれば、あの魔物についても知ってるはずだからな。

 それを単独撃破した実力者だと話せば俺の言葉に重みが増す。


「……ハルト……お前……いったい……」

「聞きたい気持ちも分からなくはないが、今は眼前の敵に集中させてほしい」


 さすがにそこまで話しているほどの時間はなさそうだが、まずはオグルだ。

 どういった容姿をしているのか情報のみでしか知らなくとも、人型なら対処のしようはいくらでもある。


 人体急所は、他の二足歩行生物だろうと通用するはずだからな。

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