第20話 採取依頼報酬

「――レッドクローバーにブルーアニス、コモンマロウやベトニーまで摘んでくださったのですね。

 それでは計算しますので、少々お待ちください」


 どこか声を躍らせながら籠からハーブを取り出し、メモを取るユーリアさん。

 そこそこの価値があるハーブを採取できたのかもしれないが、そのどれもが花を咲かせたものだけで薬草のみは避けたことが良かったようだ。


 日本でも耳にするこれらの薬草がこの世界ではどういった価値があるのか、俺はまだ正確には分かっていない。

 使えないなら処分してもらうつもりで採取したし、正直なところ目に映った花を摘み取っただけだから、知識がなくても採集依頼を受けられるみたいで助かった。


 アメジストセージやレッドセージ、イエローセージなど各種セージもなるべく均等に籠へ入れたが、それらは基本的な魔法薬の素材になる。


 魔法薬とは、主に魔力が込められたこの世界独自の高度な薬を指す。

 この世界で売られている薬の多くは即効性こそあるが、一瞬では回復しない。

 そして軽い傷くらいなら塞がるが、大怪我には効かないので注意が必要らしい。

 当然、日の当たる場所で保存すれば品質劣化して、十分な効果は得られない。

 もちろん錠剤の薬もあるが、その多くは小瓶に入れられた液体の即効性ポーションが主流だと、ユーリアさんは納品したハーブを計算しながら教えてくれた。


「錠剤はどうしても効果が出るのに時間がかかりますから液体の魔法薬がとても人気で、その素材を高めに買い取りしてるんですよ。

 まぁ、常備薬としては持ち運びに便利ですし、錠剤のお薬も使いようですね」


 確かにそうだな。

 小瓶に入った液体を持ち歩くのにも限界があるし、割れやすいこともあって剣士などの近接職は必要最低限しか買わないようだ。


 がちゃがちゃするのも邪魔なだけだ。

 俺は魔法も弓も使えないし、体力と傷を癒す魔法薬を数本だけ買うだろうな。

 ……効くかどうか、しっかりと確認する必要はあるが……。


「お待たせしました。

 まさか"リール草"が籠に入っているとは思いませんでしたよ」

「薄桃色の花が綺麗だから摘んだが、貴重なものだったのか」

「そうですね、この周辺ではかなり珍しいかと。

 リュオマ草原ではまず見かけない薬草で、主に上級の魔法薬に使われるんです。

 こちらが合計額を含む内訳になりますので、ご確認ください」

「内訳も見せてもらえるのか」

「もちろんですよ。

 むしろ提示しないと問題になります」


 それも当然かと思いながら、視線をメモへと向けた。

 最低額はセージだが、それでも1本200キュロは貰えるようだ。

 その他の薬草はセージの5から7割増しが相場らしいが、リール草だけは相当価値があるのか18000キュロと書かれていた。


「こちらは少量を加えるだけでも効果が増す薬草で、かつ周囲では採取できない点を考慮した買取金額になっています。

 採取するなら森の最奥に行かなければ手に入らないでしょうし、何よりも草原ではまず見かけない上に現在でも栽培方法が確立されていないほど希少性が高い薬草なのですが、極々稀に群生地とはまったく別の場所で見かけることがあるんです」

「それで高額に跳ね上るのか」

「はい。

 視界が悪くなる深い森は非常に危険で、奥に進むことも難しいです。

 このリール草はとても貴重な薬草ですから、もし群生地を見つけただけでもひと財産を築けるほどの稼ぎになるでしょうね」


 たしかに一株がこれだけ高額になるんじゃ、文字通り御殿を建てられそうだ。

 逆にそれ目当てで盗賊が森にいるんじゃないかとも思えたが、どうやら裏ルートでも流通されていないらしい。

 その理由が魔物の強さにあると、彼女は緊張した表情で答えた。


 ヒグマの魔物はもちろん、猛虎を狂暴にした3メートル級の化物がいるらしい。

 当然、それを目視した者が町に戻ることはなく、あくまでも爪痕を含む痕跡から推察した情報だが、この厄介なモノと遭遇すれば盗賊団だろうと確実に壊滅するほどの強さがあるようだ。


「ここから北にまっすぐ抜ける分には遭遇しないと言われていますが、それでも危険であることに変わりありません」

「討伐は難しいのか?

 そんな化け物を放置する方が危険に思えるんだが」

「人が行き交いやすい場所であればギルド依頼としてお願いすることもありますし、最悪の場合は討伐隊の編成が国から派遣されますが、北に広がるルースの森は盗賊も多数潜伏していると予想されますので、中々手が出せないのが現実なんですよ……」


 穏やかに見えて結構危険なんだな、この世界は。

 王都から近いこともあって何度か王国騎士団に討伐要請をしているそうだが、この国の大臣が"必要ない"と頑なに拒み続けているのだとか。

 風体から察すると、どうやらあの豚王の横にいた高圧的な男のようだ。


 確かに盗賊の討伐をしつつ森の最奥へ向かうのは危険だろう。

 帰らぬ者、騎士を続けられなくなるほどの大怪我をする者も出るはず。

 それでも俺には、そんな化物と盗賊を野放しにしている理由が分からなかった。


 要請を断り続ける何かしらの理由があるのか。

 それとも王都を襲撃しなければどうでもいいと判断してるのか。


 どちらにしてもあの豚と大臣じゃ、まともな指示も出せそうにないからな。

 そう思えてしまう連中だったし、ロクな理由なんてないのかもしれない。


「こちらが今回の報酬になります。

 どうぞご確認ください」


 トレイに積まれた硬貨を確認し、俺は報酬金の38000キュロを受け取る。

 高額な薬草が含まれていたが、それを抜きにしてもかなりの収入になった。


 そう時間をかけずに日当2万キュロは、どう考えても美味しいとしか言えない。

 なぜこれほど安全かつ好条件な採取依頼を他の冒険者が受けないのか、俺には全く理解できなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る