第19話 リュオマ草原

 大きめの籠を背中に背負いながら、草原へと向かう。

 不思議と王都から町を目指していた頃とは随分と気分が違う気がした。

 どこに何があるのかも分からない状況で町を出ることは、思っていた以上に精神的な負担だったのかもしれないな。


 春の風が優しく頬をなで、周りの草花を揺らす。

 涼しげに思える音が心地良く耳に届く中、俺は薬草を探しながら歩いた。


 周囲に魔物の影はない。

 町から離れてない草原ならホーンラビットしか出現しないみたいだから、特に問題はないだろう。


 冒険者や街道を歩かせる馬車も見えないことには少々驚きだ。

 思えば王都から向かう道でも出会っていなかったな。

 それほど少ない交通量なのか、それともこちら側は来ないだけか。


 まぁ、西側は他国に近いこともあって、鉱石の運搬が週に何度か行われる程度だとも聞いた。

 商売人や親戚を訪ねる一般人以外は、あまり西を目指さないのかもしれないな。


 逆に言えば王都から北と東側は行き交う人が多いらしい。

 変に目立っても好ましくないから、そちらに行くことはないだろうな。



「お、セージか」


 ふと視線を向けた先にそれらしき草を見つけた。

 青に薄く紫を入れた小さな花を咲かせるハーブだ。


 ブルーセージ、だったか?

 学んではいるが、そう簡単に確証は持てなかった。

 知識もロクにない状態で使うわけにもいかないし、とりあえず摘んでおくか。


 雑草の中に生えている薬草を確認しながら採取し、背中の籠へ放り込む。

 根の部分は必要ないので、茎の上をナイフで切るだけでいいと聞いた。

 どうやら根の効能は強すぎるらしく、使うなら別の素材を必要とするようだ。

 薬ってのはミリグラム単位で効果が強すぎたりもするくらいだし、高性能の薬にはなってもこの周辺には生えていない薬草がなければ意味がないので不要だとユーリアさんは教えてくれた。


 恐らくここの部分も地球とは違うのだろう。

 ブルーセージは確か日本でも栽培できるとは思うが、これが同じものなのかは答えが出ない。


 思えば俺は、花はもちろん草や木にも詳しくないからな。

 ある意味じゃこの世界の住民と同じスタートラインに立っているわけだから、しっかりと時間をかけて勉強すれば薬師になれるかもしれないな。


 さすがに長期滞在をするつもりはない異世界旅にしたいところだが、実際にどうなるのかは不安が拭いきれない。

 魔王を倒せば元いた世界へ帰れるってのが異世界漂流モノでは定番に思えるし、諸悪の根源みたいな存在の敵を倒さなければ世界の危機にも繋がる。


 ……こういっては不謹慎だが、どうにも気が乗らない。

 そう思えるのも追放された影響が大きいからなのかもしれないが、それよりも何かこう、言いようのない違和感のようなものを感じる気がしてならなかった。


「……腑に落ちない。

 何かが引っかかるんだよな、この世界」


 それが何かは分からないし、今の俺には答えが出せない。

 結論を出せるだけの情報もないこともあるが、いわゆる世界の秘密にも繋がりそうなことを一介の冒険者、それも別世界の住民が知るほうが難しいんじゃないだろうか。


 それこそ世界を歩き続ければ真実に辿り着く可能性もあるかもしれないが、俺は勇者じゃないからな。

 "魔族四天王"みたいな敵が町を襲撃しない限り、俺は動かないだろうな。


「……なんだよ、"魔族四天王"って……」


 自分で自分に突っ込んでしまった。

 俺も一条のことを言えないか。



 *  *   



 空がオレンジに染まり始めた頃、地面に置いてある籠の中がいっぱいになった。

 随分とたくさん採取できたのもすべてはユーリアさんから学んだ結果だ。

 何かお礼をしたいが、正直なところこれらを売ってもいくらになるのか俺には分からない。


 背後から飛び込んできたウサギを、目視での確認をせずに避ける。


 まぁ、そういったことを考えずに納品すれば計算してくれるみたいだから、初心者には非常に助かる依頼なのは間違いなさそうだ。


 それに、これだけ摘んだ分を薬に調合しても足りないはずだ。

 俺ひとりがどうこうできることではないんだが、それでも思うところはある。

 魔物の討伐だけじゃなく、製薬に必要な素材集めも立派な仕事なんだがな。


 上半身を後ろに反らし、わき腹を狙うウサギを回避した。


 ともかく、旅をするのなら常備薬は最低限必要だろう。

 解熱薬、胃腸薬、腹痛薬くらいは常に持ち歩くべきだな。

 それに加えて緊急時に採取して使えるハーブも覚えなければならないし、学ぶことも多い。


 リュオマ草原は聞いてた通り、様々な薬草が生えている。

 その中でも分かりやすい色のついた花が咲くものを採取したが、その用途も違うのは当然か。


 煮出したり乾燥させたりと、加工方法も様々だ。

 中には磨り潰して患部に張り付けるだけでも効果があるものや、別の素材を合わせることで効果を得られるものなど多岐に渡る。


 正直、覚えきれるか心配になるほどだ。

 そのすべてを一般人が理解するには相当の知識が必要で、だからこそ薬師が尊敬の念を抱かれるのだろうと改めて思った。


 もう何度目かも覚えてない攻撃を回避しつつ飛んできた動物を摘まみ上げると、しょんぼりと体の力を抜くウサギへ言葉にした。


「……いい加減、諦めたらどうだ?」


 随分と疲れていたのか、肩から息をするホーンラビットを地面に放す。

 一目散に逃げていく様子を見つめながら、俺は独り言を呟いた。


「まぁ、弱い魔物を倒しても可哀そうだからな」


 あの程度の狂暴ウサギに負ける一般人も少なそうだ。

 あれなら棒切れがなくても倒せるだろうな。


 しかし気になることは増えた。

 結局、冒険者は誰ひとりとして見かけなかった。


 それが何を意味するのかは考えすぎかもしれないが、これにも答えは出ない。

 町の西側に集中してるのか森の探索依頼報酬が美味しいのか、それとも別の理由なのかも分からないし、考えすぎると精神的な負担に繋がるような気もする。


 世界の総人口がどれだけいるのかは聞いていない。

 単純にこの国の人口が少ない可能性もあるし、他国は違うかもしれない。


 違和感は拭い去れないが、今はできることをしよう。

 俺は籠を背負い直し、そう離れていない町へと戻った。

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