第157話 すごく嬉しかったよ

 甘味処とはとても言えないような可愛らしい内装の店内で、香り高い紅茶と甘さ控えめの小さなケーキをいくつかいただいた俺たちが中央区へ向かいながら歩いていると、メインストリートの右端に人だかりができてることに気付いた。


 4車線と表現していいのかは分からないが、町の大通りとなるこの道は多くの馬車が行き交う賑やかな街道だ。

 当然、人が通るための歩道も整備され、なるべく車道に入らないようにと低めではあるが街路樹を等間隔に植えられていることからも、異世界だろうと事故が割と多いのかもしれないと思えた。


 この国に入ってから初めて感じる人々の戸惑いと焦りを含む感情に驚きつつ、サウルさんとヴェルナさんは言葉にした。


「なんだ?

 随分とざわついてるな」

「……ありゃあ、商業用の馬車か?」


 街道で荷台が横転したようだが、幸い馬は無事みたいだな。

 しかし、積荷のほうは色々と大変なことになっていた。


「ぐしゃぐしゃだな。

 たっけぇ酒の瓶が何本も割れてるし、大損害だろうな」


 もったいねぇ。

 サウルさんは、とても残念そうに話した。


 聞けば相当美味い酒が割れてるのだとか。

 酒の味は分からないが、どれだけ長い期間を要して作られたのかは理解できる。

 気候や使う水にも細心の注意を払わなければ美味い酒は作れないと聞いたことがあるし、努力の結晶とも思えるものだから単純な損害で表すのも寂しいと思えた。


 人だかりの中央にいるのは馬車の持ち主と思われる男性と、隣にいるのは恐らく商業ギルドの職員だろうか。

 何かのメモを取りながら、事の詳細を纏めてるように見えた。


 彼らの正面には小さな女の子と、その横に立つ大人の女性が何度も深々と頭を下げていることから大方の予想はできるんだが、商人たちのほうはそれを咎めるつもりはないようだ。


 車軸が壊れ、車輪が離れた場所に転がっていた。

 馬車の損害を含めれば相当な額になると素人目にも分かるが、それでも人命を尊重してくれたってことなんだろうか。

 だとしたら、その感覚もこの国特有の倫理観からきているのかもしれないな。


 そこに3名の憲兵が到着し、娘を持つ母親だろう女性が何かを強く訴えてた。

 申し訳なさを感じさせる波長を出していることからも想像に難くないが、どうやら問題点はそこにはないようだ。


「――ですので、損害を請求するつもりはありません。

 むしろ、怖い思いをさせてしまったお嬢さんに対して謝罪するべきだと私どもは判断しておりますが……」


 事はそう単純な話でもないらしい。

 酒瓶やら地面に転がる壊れた雑貨などの商品はセーデルホルムで仕入れれば済む話だが、荷台に置かれた木箱の中にかなり特殊な薬瓶が入っていたようだ。


 こんな夕暮れから町を離れるつもりだった点を考慮すれば、何か急ぎの要件なのは間違いなさそうだな。


 商人の話を聞いていると、どうやら町の周囲には生えてない薬草が必要らしい。

 納期が予定よりもかかるのはもちろんだが、それよりもこの薬の到着が遅れれば遅れるほど困る人がいるって意味なんだろう。


 ……そうだよな。

 薬ってのは何も一般的な風邪や痛みに効くようなものだけじゃないんだから、それも当然なんだと改めさせられた。


 冒険者ギルドに依頼をして受諾されるまでの時間すら惜しい様子は、焦りや不安からも感じ取れるが、問題は町から馬車で半日ほど離れた場所に群生する薬草なのだと彼は憲兵に説明した。


 即効性の魔法薬を馬に与えても、それほど早くは到着できない。

 むしろ急ぎ過ぎれば馬に必要以上の負担がかかることになる。

 人であれば異常を言葉で伝えられるが、動物には不可能だ。


 商人も馬に関しての専門的な知識は持ち合わせておらず、馬に詳しい専門家を乗せればそれだけ荷台の重量が増え、それだけ馬に負荷をかけざるを得ない。


 素材となる薬草を町で仕入れることができれば、そもそもこんな話にはなっていない。

 さらには薬草を最速で持ち帰ったとしても完成まで数時間はかかる特殊な調合を必要とする薬のため、どんなに早くても明け方の出発が予想されるらしい。


 配達そのものを依頼するにしても時間がなく、すぐに依頼を受けてくれる専門家がいるとは限らないどころか、薬草を取りに行ってくれる冒険者すら見つけるところから始めるという、時間ばかりが無情にもかかりすぎる状況のようだ。


「……提案があるんだが」

「言うなよ、ハルト。

 俺も同じことを考えてた」

「だな。

 アタシらにもできることなら、力を貸すに越したことはねぇだろ」


 俺の肩にポンと手を乗せながら、ふたりは快諾してくれた。


 ……本当に似てるな、俺たちは。

 性格こそ違うけど、その本質は同類なんだろう。

 だとしても、そう言葉にしてもらえたことは俺にとってすごく嬉しかったよ。


 この一件が誇らしく思える結果に繋がれば、きっと多くの人が幸せになれるかもしれないな。


 そう思いながら、俺たちは彼らの下へと足を進めた。

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