第186話 待たせてもらうよ

「……魔導……国家……」

「そうだ。

 そしてここが"西の果て"。

 または"大陸最西端"の場所にあたる。

 同時に、200年前の大災厄を生き延びることに成功した、"この世界で唯一の町"なんだ」


 ある意味では、俺が続けてきた旅の終着点とも言える場所だ。


 ……本音を言えば、こんなこと口にしたくもない。

 これまで訪れてきた町に生きる人々が"まやかし"だとも思わない。


 そこにいる人たちは、確かに生きていた。

 日々の暮らしを懸命に生き続けていた。

 たとえ魔王が"呪い"をかけたとしても、彼らの生活に偽りなどない。


 だからこそ、俺たちの心に重く圧し掛かる。

 何も知らずに町を楽しく歩いてた自分自身に、苛立ちすら感じる。


 一条が呆然とするのも当然だ。

 俺も話を聞いた時はそうだった。

 理解なんて、できるはずもない。

 あまりにも突飛な話だからな。


 ……それでも。

 いくら考えたところで答えは変わらない。

 俺やお前が望んだものなんて、この世界にありはしないんだ。


「一条、お前に会わせたい人がいる」

「……会わせたい、人……?」

「あぁ。

 ざっくりとは説明したが、まだまだ話さなければならないことがあるからな」


 本当なら、今すぐにでもすべてを話したい。

 そう思えるが、それは俺のするべきことじゃない。


「……なぁ、鳴宮」

「なんだ?」

「……ずっとああして・・・・、いるのかな……」


 町のメイン通りをゆっくりと歩きながら、一条は訊ねた。

 必ず言うだろうなと思ってたが、この町に住まう人たち全員から最大の礼儀を示されたままじゃ萎縮するよな。


「一条が望んでたものとは、やっぱり違うか?」

「そりゃそうだろ……。

 俺は世界を救う勇者として尊敬されたいとは思ってたけどよ、こんなの……想像すらしてなかったよ……」


 ……そうだよな。

 これは勇者に対する"崇拝"に近いから、お前が戸惑うのも仕方ないと思う。


 だとしても、内心ではもう気付いてるんじゃないのか?


「"勇者の剣は魔王を倒すことと、弱いやつを護るためにある"んだろ?

 この世界に存在する魔王は、この世界の住人である彼らに倒せない。

 討伐を可能とするのは、勇者が使う"光の一撃"のみらしいからな」


 つまり勇者であるお前しか、この世界を救うことができないんだ。

 だから、彼らが取る行動に、おかしなところはないんだよ。


 200年たった今でも異世界の勇者にすがることしか、彼らにはできないんだ。


 お前も薄々と気付いてたんだよな?

 それでもショックを隠し切れないんだろ?


 分かるよ、なんて軽々しく口にはできないけど、俺も同じようなことを考えた。

 なにが最善で、どうすればこの世界を救えるのか。

 人類に残された唯一の都市に来てから真剣に考えたよ。


 ……でもな、一条。

 俺に世界は救えないんだ。

 "光の魔力"を持たないからな。


 困惑するのも当然だ。

 今はそれでいいとも思う。


 けど、それでもお前は、近いうちに立ち上がらなければならないんだ。

 世界を救うための準備を、一条は真剣に始めなければならないんだ。


 わかってるよな、お前自身がいちばん。

 子供の頃から憧れてきた勇者には、心を縛り付けるほど重く圧し掛かる責務が必須になると、ここに来てはっきりと理解できたんだよな?


 俺が王城を追放される時、お前は腹を抱えて笑ってたけど、その責務に気付かずにいた一条を俺は心の底から心配したんだ。


 それは、"勇者"としての義務だ。

 そんな当たり前のことを、一条が気づいてないと手に取るように分かったからこそ、俺はお前が心配だったんだよ。


 正直に言えば、いつかこうなるんじゃないかとは思ってた。

 まさか"世界中の人が滅亡してた"だなんて、さすがに考えもしなかったけど、勇者としての重圧に圧し潰されやしないかと、ずっと不安だったよ。


 そうならないようにと多少強引でも対峙してきたが、きっとそれも無駄じゃなかったんだと俺は思う。

 今のお前は衝撃で何も考えられずにいるけど、あの時俺たちが戦ったことが今になって活きているんじゃないかと、俺には思えるんだよ。



 ほぼすべての住民が街道に出て首を垂れる姿は、勇者でもない俺から見ても戸惑ってしまう。

 でも、彼らが何を想い、何を願いながらそうしているのかを考えれば、お前でも答えは出せるはずなんだ。


 それは、"希望"。

 この世界が魔王の恐怖から救われ、人々に安寧をもたらしてくれる勇者にかけた希望なんだよ。


 わかるだろ、一条にも。

 お前はずっと勇者に憧れてたんだから、創作物の中だろうと世界を救う勇者の行動も俺なんかよりもずっと理解してるだろ?

 そうじゃなければ、いま一条の瞳に宿る光すら失われていたはずだ。


「……どうしていいのか、まだ全然わかんねぇけどよ……。

 ……俺にしか……できないこと、なんだよな?」


 もう答えは出かけてる表情で、一条は言葉にした。

 そういうところも、俺なんかよりも遥かに適任者だと思えるよ。


「……そうだな。

 でも、お前が物語に登場する"勇者"である必要はないと、俺は思うよ。

 一条は一条の、自分が感じた行動を取ればいいんじゃないだろうか」


 マンガに登場する正義のヒーローにならなくていい。

 そんなことをしなくても、お前は立派な勇者になれる。

 これまでそれを強く感じさせる行動を取り続けてたからな。


「"勇者として正しい行動"は、人によって違いがあると思う。

 でも、自分が目指した勇者像を真似るよりも、一条自身がこれから見聞きする真実を知ったあと、素直に感じた通りに行動するべきだと俺には思えるんだよ」

「……難しい言い方するよな、鳴宮は……。

 俺はあんま頭良くないんだ。

 わかるように言ってくれねぇと……わかんねぇよ……」


 ……もう、お前も分かり始めてるだろ?

 そんなことは言い訳に過ぎないって。


 現実に苦しんでる人たちがいる。

 今も生きることに辛さを感じてる人たちがいる。

 それを目にしても無視できるようなやつじゃないからな。


 だから、これから話を聞いて、自分なりの答えを見つけた上で行動すればいい。

 俺ができるのは、一条が"覚悟"を決めたあとの話になる。


 今は答えなんて出ないと思うけど。

 それでも俺は、俺たちは、一条が覚悟を決めるまで待たせてもらうよ。

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