第185話 勇者だもんな

「ここから10分ほど西に歩く」


 鳴宮がそう話してから、俺たちは無言で歩き続けた。

 まるで永遠と歩いてるような気持ちになったのは、きっと俺だけじゃないんだろうと思いたい。


 正直、言葉が出なかった。

 なんて話したらいいか、分からなかった。

 ふたりにかける言葉が……俺には見つからないんだ……。


 俺は、自分が思ってる以上にショックを受けてるのかもしれない。


 アイナもレイラも、鳴宮に何かを訊ねることはなかった。

 ふたりも、なんて言っていいのかわかんねぇ俺とおんなじ気持ちなんだろう。


「あの先だ」

「……おい……あれって……」


 目の前に広がる馬鹿デカい石の壁が見えた。

 近づいてからよく見てみると、鉄製で造られてんのか見るからに頑丈そうな扉が開かれ、その手前には巨大な鉄製の柵のようなものが上げられてるようだ。


 ……見たことあんぞ、これ……。

 敵兵に城門を突破されないために造られた西洋式の仕掛けだな。

 名前はわかんねぇけど、ひとつだけ確実なのは"敵"に対して用意されたもんってことなのは俺にだって分かる。


 だが、これまで旅してきた町に、こんなもん見たことがない。


 ……つまり、あれか?

 こいつは・・・・そういうことなのか?


「……なぁ、鳴宮……。

 これってつまり……」

「お前の予想通り、"明確な敵"を見据えた強固な外壁と城門だ。

 これは俺たちが訪れたどの町よりも強固に造られているだけじゃない。

 そもそも、外界・・で使われるものとはまったく違う新技術が使われている。

 "魔晶核結石"と呼ばれる素材を粉末状にしたものが混ぜられているそうだ。

 その強度は現時点において最も硬いと言われるらしく、たとえ世界中の兵士や騎士、憲兵や傭兵、冒険者を含むすべての武力集団が一斉に襲いかかったところで、街門が突破されることは理論上不可能だと聞いた」


 ……これまでのことが衝撃的すぎて、俺はもう反応もできなくなっていた。


 聞きたいこと、話したいことが多すぎる。

 でも、なんでなんでと聞くだけじゃ、もう納得できない気がした。


 ……なぁ、鳴宮。

 お前もそうなんだろ?


 説明をされただけで理解できても、納得できるような心情じゃなくなってるんじゃないのか?


 だから隠し切れない"激しい怒り"が抑えきれずにあるんだろ?

 だからお前の瞳には、明確な覚悟が宿った色をしてんだろ?


「……悪いな、一条。

 もう少しだけ先に進もう」

「……街門、開いてんだな」

「あぁ。

 お前が来るのも聞いてたし、俺が出たのも知ってるからな。

 そうでもなければ、あんなにタイミング良く会えないだろ?」

「……だな」


 誰に、とはもう聞かねぇよ。

 いくら頭の悪い俺でも、薄々気付いてる。

 さっきのレイラが話したことは、あくまでもレイラたちの視点だからな。

 そうじゃないのはここにある街門が証明してるし、お前が聞いた・・・って話に繋がるやつが、この馬鹿デカい街門の先にいるんだろ?


 ……でも。

 でもよ!


 それってつまり、アイナとレイラ、サウルとヴェルナが……そういうことだって・・・・・・・・・……証明しちまうんじゃねぇのか?


 ……いや、そうなんだよな・・・・・・・

 だからお前は、そんなにも怒ってんだもんな……。


 確かにこれまで見たことがないわけじゃない。

 でもこんな仕掛け、普通の町には存在しなかった。

 せめて巨大な門として使ってる巨大な扉だ。


 でも、こんな重々しいというかゴツイものは、王都でしかみたことがない。

 それも、ここまで徹底したもんじゃなかったと俺には思えた。



 街門には誰も見えなかったが、鳴宮の話では詰め所みたいなところで常に監視と、極々一部の場合に限り扉が開けられるようだ。


「基本的に肉や野菜などの物資は、町の西側・・・・にある広大な大地で作られてる。

 資源も確保できるだけの量があるそうだが、それもそろそろ限界に近いらしい」


 そりゃそうだろうと俺でも思う。

 けど、これに関しても口を出せなかった。


 それどころじゃないんだろうな、俺は。

 考えることが多すぎて、頭ん中がぐちゃぐちゃだ……。

 それを解消するには、ちゃんとした話を理解できないと難しいんだろうな。


 長い長い外壁内部を歩く。

 つまりは、それだけの"重要拠点"として造られたのか。

 それとも元からそうだったのか・・・・・・・・・・


 俺には答えが出せねぇけどよ、それもこの先に行けば分かるんだな。



 薄暗い外壁内部を歩き続け、光が俺の目に入る頃、徐々に先が見えてくると同時に俺の足は凍り付くように止まった。


 そうなることも鳴宮は予想していたんだろうな。

 驚いた様子もなく話した。


「……200年前、世界から魔王を討伐するための英傑が集い、負けた。

 後に10英雄と呼ばれる者たちの敗北と時を同じくして、世界に闇が覆った。

 闇はすべてを飲み込み、あらゆる生物の命を奪い、そして魂を束縛した。

 まるで呪いを受けたかのような生命として曖昧にも思える存在となった人類は、200年もの時を越えてもなお、日常を何の疑問も持たずに暮らしている。

 ……そうさせる呪縛が、全人類にかけられているらしいな。

 個人差はあるが、半年ほどで記憶がリセットされるように消える。

 その状態では昨日のことはもちろん、それまで体験した記憶が消され、同時に関わった誰もが疑問にすら感じない異常な状態に陥ると聞いた。

 その話を聞いた時、俺にはそれが"呪い"にしか思えなかったよ」


 ……信じられない話だ、とは、不思議と思わなかった。

 もう俺の中では感覚が麻痺してんのかもしれないな。


 でも、そんな異常としか言えない世界の中でも、変化が見られたらしい。

 わずかとも言える小さなそれは、俺も出会ってきた人たちの中にも宿る今にも消えそうな、だけど確かに輝いた光だった。


「……アイナとレイラが話してたものに繋がってんだな」

「そうだ。

 アウリスさんとも、お前は会ってるんだろ?

 他にも少なからず変化を見せた住人がいるはずだ」


 ……そうか、レフティもなのか。

 もしかして俺を王城から離れさせるように、手紙を送るなんて面倒な芝居をしてたのか?

 内容は知らねぇけど、そうでもなければあんな町から町へ向かわせることなんてしないだろうな。


 魔物退治とか周辺調査とか、なるべく王城へ戻る時間を遅らせながら、俺が強くなるまで待っていたのかもしれないな。


 ……なら、ふたりも……。


「行こう、一条。

 みんなが待ってる・・・・・・・・


 その言葉も理解しながら、俺は足を前に出す。

 ゆっくり、ゆっくりと歩き、その光景を目の当たりにした俺は目を丸くしたまま再び足を止めた。


 眼前に広がる町並み。

 大通りと思える大きな街道に並ぶ住民たち。

 ほぼすべての人なんだと分かるほどの大勢が俺を待ちわびるように、けど心からの誠意を感じさせるように片膝をつき、左手を胸に当てながら深々と頭を下げていた。


 大人も、子供も……。

 すべての人が瞳を閉じながら、頭を下げていた。


 ……あぁ、そうか。

 俺は……"勇者"、だもんな……。


 まさかこんなにも重いもんだとは、思ってなかったよ……。


「200年前の大災厄を防いだこの国の名は、魔導国家"リヒテンベルク"。

 この世界で唯一・・・・・・・、王都のみが存続できた、人類最後の"希望"だ」

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